3/21/2008
クラウゼヴィッツの戦略思考
クラウゼヴィッツの戦略思考 『戦争論』に学ぶリーダーシップと決断の本質
クラウゼヴィッツは、摩擦を克服したり、上手につき合ったりするためのポイントが二つあるという。
一つは、摩擦の経験をできるかぎり数多く積むこと。ビジネスでいうならば、経験豊かな戦略参謀を起用することにほかならない。
もう一つは、摩擦の存在を前提にして計画を立てたり、戦略の運用体制を敷いたりすることだ。
戦略の策定においては、どうしても業界環境を静的な枠組みに押し込めて考えがちだが、戦略を遂行する段になって、業界変化のダイナミズムを取り込んだ戦略の運用体制が整っていないと、早晩破綻するのは目に見えている。
したがってわれわれは、決断とは、行動の根拠がまだ不十分なときに行動を先送りすることを避けたり、疑念を払拭したりするために行なうのだと結論づける。
疑念に勝る決断力は、知性を、それも極めて独特な種類の知性を発揮して初めて得られるものだ。
決断に必要な感情と高度な洞察力が共存していても、知性が発揮されなければ決断には至らない。
非常に難しい任務にも対応できる優れた知力や、山積する難関に立ち向かう勇気を備えていても、いざ困難な状況に立たされると決断できない人がいるのは、その人の中で勇気と知力が分離しているためである。
勇気と知力が互いに手を差し伸べ合わなければ、決断という第三の力は生まれない。
要するに決断とは、果敢な行動が必要であることを自覚し、実行する意思を形成する知性の働きがあって初めて下されるようなものだ。
このような知性の独特な方向性ゆえに、感情の強い人物は躊躇や手遅れになることを何よりも恐れ、これを避けるために決断を下す。
「才能ある指揮官や天才は人為的な規則にとらわれず行動する。そして理論は現実と矛盾する」
大半の情報は誤りであり、人間の恐怖心が情報に含まれるうそや不正確さに拍車をかける。
概していえば、人間は良い知らせよりも悪い知らせのほうを信じ、悪い知らせを誇張して伝える傾向がある。
生まれつき楽観的でない指揮官や、実践で判断力を十分に磨いていない指揮官は、恐怖心を捨てて希望を抱くことにより、心の奥底にある弱気に支配されないようにしなければならない。
そうすることによって、初めての心の均衡を維持することができる。
戦術とは「先頭における武力の使い方」であり、戦略とは「戦争の目的を達成するための戦闘の使い方」である
戦術とは戦闘を形作る方法であり、戦略とは戦闘の用い方である。
要するに、戦略は、常に現場とともにあるということを忘れてはならない。
KISS(keep it simple, stupid=常に簡素さ、愚直さを心がける)
奇襲の本質について、もう一つ述べておきたいことがある。
それは、奇襲をかけることができるのは、戦いのやり方について主導権を取ることができる軍隊だけであること、そして主導権を取ることができるのは、正しく行動している軍隊だけであるということだ。
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