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2/18/2008

自分らしく生きたかったらエゴイストになりなさい









自分らしく生きたかったらエゴイストになりなさい ヨーゼフ・キルシュナー



平和の唱道者たちはこれまで以上に戦争で大もうけするでしょう。ぐうたらのなまけ者どもは、これからも有能な
者たちの汗と努力の結晶を食いものにしてしてのらくらと暮らしつづけるでしょう。有能な者たちはなんのためとも
知らず、ただ死にものぐるいで働くだけのことでしょう。健康産業はますます活状を呈し、ブームはさらに続くでしょう。
それでも、人類の病気がますますふえていくことに、誰も疑問を投げかけたりはしないでしょう。


***


その期待はものの見事に裏切られるでしょう。なぜなら二十一世紀もこれまで同様に三階級社会という人類最古の
システムが引き続き私たちを支配することになるからです。これは絶対に疑いありません。ここでいう階級とは次の三つをさします。

*愚かな人たち
*ずるがしこい人たち
*真にかしこい人たち

どうしたらいいかわからない愚かな人たちは、自分が何を信じ、何を考え、何を望み、何を買えばいいかを教えてくれる人たちを、
これからも探し求めるでしょう。そして、ずるがしこい人たちは、親切に笑って愚かな人たちにあれこれ助言を与えてたっぷりもうけて、
甘い汁を吸うことでしょう。


***


(エゴイストの十戒)

1.権利より先に義務がある。

2.お金がなければつかわない。

3.仕事ができるなら勤め口はかならずある。自分の値打ちは自分で決める。

4.自分と調和できるのなら、世界とも調和できる。

5.人を責めるのは自分自身を責めるのとおなじこと。それは自分への怒りを相手にぶちまけているだけのこと。

6.何がやりたいかわかっているなら、誰も口出しなどできない。

7.誰にでもなまける権利がある。しかし自分の有能さを犠牲にしてまでなまけることはない。

8.有能というのは自分自身にとってであって、他人にとってではない。

9.あることについて語れば語るほど、それがわからなくなる。

10.多くを知れば知るほど、ますますそれについて語る必要はなくなる。内容のないことを百回言うよりは、黙っているほうが時として効果的。


***


かしこい人たちは自己を解放することによって自由を獲得しようとするのですが、それは自分の人生に対して、
はっきりとしたイメージをもつことによってのみ得られます。


***


「誰も他人に幸福を与えることはできないし、他人から幸福を奪うこともできない。自分の責任は自分にしか負えない」


***


「人生の舵は自分でとる、最後の決定は自分で下す」


***


「どうやらこれが、賢者の階級に所属するための鍵のようです。自分が不幸なのは他人のせいだと逃げ口上ばかりならべるのは、
おろかな人だけがすることです。
指図したり取り締まったりするのがずるがしこい人たちの習性だとすれば、どうしてよいかわからずに服従するのが愚かな人たちの
習性といえそうです。だから、両者はたがいに依存しあっています。


***


イメージしたら信じることです。信じればこれまで疑っていたことも実行する力がわきます。信じるということは、
想像はできるというレベルから一歩踏み出して、想像もできないことを実現することなのです。ただし正当な方法をとること。


***


しっくりくる人生を送るには、何がほんとうに必要なのかを知ることです。必要なものを手に入れるには、何をあきらめなくては
ならないかを知ることです。


***


教育というのはどんな教育であれ人を不安がらせ、おどし、こわがらせるのが常套手段です。人は不安になると言いなりに
なってしまうものだからです。しかし、あなたは自分で自分を教育するのですから、他人の言いなりにはなりません。


***


あなたの言うことが正しい必要はありません。人がそれをほんとうだと信じてさえいればいいのです。権威というのは、
あなたが正しいことを言っているからではなく、あなたが正しいことを言っていると人々が信じているから成立するのです。
あなたが権威をを利用するときは、もしそれが見抜かれたときには逆にあなたに不利なかたちで利用されることもお忘れなく。


***


もっとも強い説得力をもつのは権威などではなく、あなたが日々の行動のなかで着々と積み重ねている自分への確信に
ほかなりません。


***


けなしたりほめたりするのは、相手をゆさぶるための手段です。人からほめられないとやっていけない人、人からけなされるのを
恐れる人、こうした人たちは他人に左右されています。

何がしたいのかはっきりさせましょう。自分を信じて自分のものさしで行動してください。そうすれば誰も、ほめたりけなしたりして、
あなたを不利な状況へ追いやることなどできません。

あなたをほめる人は、あなたを味方につけたがっているのです。あなたをけなす人は、あなたをおとしめることで自分が上に
行きたいのです。あるいはあなたの失敗にあげつらうことで自分の失敗の言い訳をしようという魂胆でしょう。ほめたりけなしたり
というのは、相手をゆさぶるための戦術です。この戦術をつかって、ずるがしこい人たちは愚かな人たちを統率しているのです。

他人をけなす人は、それによって自分の権威を打ち立てようとしているのです。あなたは自分自身の確信で人を説得するので
あって、自分の権威を前面に打ち出す必要はありません。権威にだまされるのは自分に権威のない証拠です。

それが利益をもたらすなら、あなたもほめたりけなしたりの戦術を駆使して相手をゆさぶってみてください。他人が不利益を
こうむるのは知ったことではありませんが、あなたが利益を得るのは大事なことです。

誰でも自分に対して責任をもたねばなりません。だから他人にたくみにあやつられて油揚げをさらわれたからといって、
なんの弁解もできません。


***


どんな協力関係にせよ、はじまりはあなた自身です。あなたが自分を信じて、自分自身と調和がとれていれば、
あなたは自分自身のもっとも信頼のおけるパートナーです。

自分自身と調和が取れているとは次のようなことをいいます。

*敗北を喫しても自分を責めたり言い逃れを考えたりせずに、敗北から学ぼうとする。
*自分自身を信じていて、誰もその自信をゆるがすことができない。
*自分に対して責任を負っていて、誰もその責任を肩代わりしようなどとちょっかいを出さない。
*自分を信じて、決して自分を否定しない。ただし、誰かをたくみにあやつってひともうけするために自分をいつわるというのなら話は別。


パートナーシップを結ぶ意味は、一人で問題を解決するよりは二人でいっしょに取り組んだほうがうまくいくということにあります。

パートナーシップでいちばん大事なのは、平等ということではなく、相互補完ということです。

パートナーシップとは、パートナーに対する思いやりではなく、創造的なぶつかりあいのなかで相互理解を深めることをいいます。

パートナーシップとは、相手を尊重すると同時に自分も尊重されることです。

パートナーシップとは、それぞれが投資したよりもたくさん返ってくるということを意味します。

パートナーシップにおいては、それぞれが自分なりに正しいのです。つまりあなたはパートナーの真理を尊重するけれども、むこうもあなたの
真理を尊重するのです。たとえパートナーがあなたの真理を尊重しなかったとしても、それがあなたの真理であることには変わりはないのです。
おなじく、あなたがパートナーの真理を尊重しなくても、それはやはり相手の真理であることに変わりはないのです。

パートナーシップがあなたによろこびよりも苦痛を与えるようになったら、それは意味を失います。そのときは相手にかまうことなく決定を下すことです。

あなたが自分自身と幸せな関係でないのなら、どんなパートナーとも幸福にはなれません。自分を愛していないのに、人を愛せるはずがありませんから。

あなたが他の誰よりもあなた自身を信じているのなら、どんなパートナーにも幻滅することはないでしょう。

パートナーシップの原理は、階級組織の原理と真っ向から対立するものです。パートナーシップにおいては、
何よりもまず個人個人が自分に対して責任を負い、連帯責任はあとになります。


***


社会に庇護を求めるものは、自分で自分を守ることができない人間です。こういう人は庇護者たちからいいようにあやつられて貢がされてしまうでしょう。

モラルというのは、自分のものさしをもたない愚かな人たちをあやつるためのよい口実になります。

モラルをもてあそんで金もうけをしているずるがしこい人たちは、モラルの基準をひじょうに高く設けていて、愚かな信奉者たちがいくら努力しても、
その基準を満たすことはとうていできないのです。そのために信奉者たちはつねにダメ人間のレッテルをはられ、彼らの人生はたくみにあやつられてしまうのです。
しかし何より自分を信じ、自分のものさしだけで生きている人は、罪悪感などで人のいいなりになったりはしないのです。


***


あなたは次のような三階級社会のなかで生きています。

*ずるがしこい人たちの階級―彼らは愚かな人たちに何を考え、何を信じ、何を望み、何を買ったらよいかをあれこれ指図してぼろもうけしている。
*愚かな人たちの階級―彼らは自分が何を考え、何を信じ、何を望み、何を買ったらいいのか自分で判断できないので、ずるがしこい人たちのいいなりになってしまう。
*真にかしこい人たちの階級―彼らは自分が何を考え、何を望み、何を買うべきかをよく心得ていて、自分のものさしにしたがって行動する。


***


自由な社会というのは自分自身が自由である人にとってのみ存在するものです。自由であるためには、できることはすべて
やってみることです。そうすれば、あなたはいつでもどんな社会でも自由でいられます。


***


文化というのは、あなた自身の心のなかにあります。だから、あなたの生き方そのものが文化のあらわれなのです。
文化というのは生命のあるがままの姿であり、誰かに指図されたり管理されたりするものではないのです。


***


マスメディアというのは正義やモラルをかかげるのが大好きですが、彼らは決して倫理的な集団ではありません。
彼らはスポンサーの利害にかなうように言論を操作する企業なのです。

マスメディアは人工的な世界をつくりあげ、視聴者や読者はそれを見たり聞いたり読んだりして、現実では満たされない
欲求のはけ口を見つけるのです。つまりマスメディアは自分の人生でナマで生きることのできない人たちのために、
作りものの人生を提供しているのです。

毎日現実とむきあって、あなた自身のナマの人生を生きてください。あなたはあなたにしかない人生を体ごと生きているのであり、
傍観しているのではないのです。

マスメディアなんていうものは、あなたの役に立つように、あなたのものさしにあわせて利用すればいいのです。

あなたの人生を毎日の現実のなかで精いっぱい生きてください。そして現実に背を向けて映像の世界に逃げ込んだりしないで、
自分の手で問題を解決してください。

自分の夢を見ましょう。自分の苦しみを苦しみ抜きましょう。そして自分の力で、自分にあった世界をつくりましょう。

自分の手で人生をつむぎだす人は、メディアのヒーローに自分の幸福を重ね合わせる必要などないのです。


***


宗教や政党は信者や支持者たちに全員が幸福になることを約束しますが、そのかわりに個人の自由は失われます。


***


自分を変えれば自分が住む世界も変わります。これは個人主義の考え方で、誰もが自分自身の世界を築くことができるというものです。
ただし、その責任は自分が引き受けなければなりません。

自由競争社会では、誰もが他人を犠牲にして自分の利益をものにするチャンスにめぐまれています。
だから自由競争社会というのは計算ずくめのゲームのための格好の舞台なのです。

自由競争では思いやりという視点はありえません。自然界における弱肉強食の原理とおなじく、誰もがわが身かわいさだけで生きているのですから。

ずるがしこい人たちは、なにかにつけ平和・平等・隣人愛などといった希望を説いて、愚かな人たちを自分たちの利害にしばりつけます。
残された唯一の自由は、ずるがしこい人たち、愚かな人たち、そしてかしこい人たちのいずれの階級に所属するかを自分で決定するということだけです。

いかなる選択をするにせよ、一市民として知っておかねばならないのは、自分の人生を意味あるものにするには、何かをあきらめなければならないということです。

あなたが自由でいられるのは、他人と比較しないときだけです。なぜなら、そのときのあなたは自分が何をしたいのか、ほんとうにわかっているからです。


***


潜在意識に埋め込まれた障害は、あなたが意識的な意志決定をしても取り除くことはできません。それを取り除くには、あなたの潜在意識にあなた自身の
プログラムを植えこむしかありません。そのプログラムとは、あなたが自分で自分を教育するということなのです。

潜在意識に到達するには、欲しいと思うものをねばり強く思い続けることです。どのくらいねばり強く思いつづけるのかというと、あなたの行動をさまたげている
すべての潜在意識よりもさらに深く根強くあなたの思いが植えこまれるまでです。

そこまで思いつづけると、あなたは思いどおりの自分になることができます。そしてこうしたことが、ごく自然に堂々と行なえるようになります。

このように潜在意識の世界にあなたのプログラムを植えこむのは、あなたがリラックスしているときにかぎります。リラックスするには、静かな場所で
楽な姿勢をとり、静かに深呼吸して、あなた自身に精神を集中することです。

リラックスした姿勢、深呼吸、そして自分自身へ意識を集中することによって、あなたは他人が押しつけた生活のリズムを脱却して、
自分に合ったリズムに乗り換えることができるのです。


***


忘れてならないことは、どんな行動もトレーニングを積み重ねた上でなければ実現しないということです。あなたがなにかを
なしとげようとするならば、それが自分のイメージどおりに自然にできるようになるまで、一歩一歩ねばり強く実践を通じて
改善していかなければならないのです。

つまり、それはどういうことかというと「計画と決断の段階では頭をつかってよく考えよ、しかし、行動するときには疑う気持ちなど
かけらももたずに、ただ成功の確信だけをもって行動せよ」ということなのです。


***


問題を解決するには、その問題を把握しなければなりません。問題を把握するには三つの段階があります。

*その問題がどんな影響を及ぼしているかを知る。
*その問題が他のこととどう絡みあっているかを知る。
*その問題の原因を知る。


問題とのつきあい方には、次の二つがあります。

*問題がどんな影響を及ぼしているかわかっているのに解決しようとせず、それを忘れてしまおうとする。もちろんそれで問題は解決しません。
*問題の因果関係を把握してよりよい状況をつくりだそうとする。


問題の因果がわかっている場合は、次の三つを駆使してください。

*あなたもしくは人の経験。
*あなた自身の直感。
*あなたの創造力と想像力。


ねばり強く調べあげ、きちんと問いただしていけば、問題の因果関係はかならずつかめます。

問題の原因を解明するもっとも重要な問いは「なぜ?」ということです。


***


健全なエゴイズムをぞんぶんに発揮しながら人生の達人になるというのは、まったく個人の問題です。ずるがしこい文化人や
政財界の幹部どもは、何かにつけ芸術がどうの文化がどうのとこせついた定義づけをしたがりますが、人生の達人になるという
ことはこんなやからのおせっかいとはなんの関係もない事柄なのです。なぜなら、人生の達人になるわざというのは人の役に立つ
ような代物ではなく、もっぱら自分を豊かにするために自分で身につけるものだからです。
そもそも文化とか芸術というものは、愚かな人たちの哀れな人生を少しでもくつろげていくらかでも面白いものにしてやろうと考え
出されたものです。そして、そのなかでもっとも秀でているのは、この人生の達人芸とでもいうべきものなのです。人生の達人芸
というのは、ただ食うために生きているのではなく、自分を乗り越えようという志をもった者なら誰でも自分のものにすることができます。
その際に重要なことは、この人生の達人芸というのは自分を豊かにすること以外に何の役にも立たないということです。人生の
達人は、人から尊敬されるためにパフォーマンスをする必要などまったくないのです。自分というものを最高に尊敬していれば、
それで十分なのです。


***


心配するというのは、あなたが自由でない証拠です。あなたが自由人ならば自分のメロディーで自分にあった踊りを踊るで
しょうし、人の評価など必要としないでしょう。

あなたが自由人で自分のメロディーにあわせて踊りを踊る人ならば、あなたは自分の自然の欲求にしたがって生き、自分の
生き方を無理やり型にはめたりはしないでしょう。だから自由人であるためには自由な創造力が必要なのです。


***


人がとうてい思いつかないようなことを考えてください。型にはまった考え方しかできない人たちには、とうてい思いつかないような
解決策を見つけ出してください。人がとうてい不可能だと思っていることをやってください。

自由というのは、人があなたに与えてくれるものではないのです。自由はあなたのなかにしかありません。やってできない
ことはないと、あなたが自分を信じたその瞬間に自由が生まれるのです。

自由人になるわざを身につければ、目標をかんたんに定めることが出来るようになります。しかも、その目標が実現しようが
しまいがどちらでもへいちゃらなのです。なぜなら自由人にとっては、そこへ至る道すじそのものが目標だからです。もちろん
途中で放棄してしまっては、自由人としての面子は丸つぶれかもしれませんが。


***


自由というのは偶然手に入るものではありません。いまここで頭をはたらかせてあなたの自由を磨いてください。
いまここで自由ならば、「明日はどうなるのだろう?」なんて考えたりしないこと。頭のなかが自由ならば、どこにいても自由になれるのです。

あなたの思考をコントロールする能力が増せば増すほど、あなたの自由も大きくなります。あなたの潜在意識に思考や
イメージをプログラムするときは、よく注意を払いましょう。そのときの合言葉はつねに「今日何が起ころうと、私はいつも自由で幸福」
というものです。

あなたの精神に自由が根付いていれば、いくら人から束縛されても、あなたの心のなかは自由です。これが自由人でいる
ための秘訣なのです。


***


人に勝って自分が優秀であることを証明してみせることはありません。あなたが自分で知っていれば十分です。

人生で大切なのは人よりすぐれていることではなく、自分の力でできるかぎりのことをすることです。ゲームに負けたなら
敗北から学べばよいのです。自己不信に陥ったり言い訳したりせずに、敗北から学ぶ。これこそが自分に勝つということです。


***



ずるがしこい人たちは愚か者どうしを戦わせて利益を得ています。これがゲームをたくみにあやつる彼らの戦略です。
かしこい人たちは人のために戦いませんから誰からも征服されることはありません。

戦いに勝ちたいという願望は、人を攻撃することからはじまります。しかし人を攻撃するということは自分を攻撃することに
ほかならないのです。

自分に対する攻撃は問題が解決できないおのれの不甲斐なさに対するいらだちからはじまります。自分の存在証明が
出来ない人は、他人を攻撃することでそれを得ようとするのです。

あなた自身と仲良くすること。自分の問題は自分で解決すること。人をおとしめて自分をもちあげたりしないこと。
これができれば、あなたは戦わずして人生に勝つことができます。


***


あなたは幸福を味わうことによって成熟を重ねますが、同時に不幸な体験によっても成熟は増していきます。
不運に見舞われたことがなければ、ほんとうに幸福になることはできません。不自由を重ねてようやく自由の境地にたどりつく
ことができるのです。だから一つ学んではまた次へという姿勢をなくしてはいけません。


「残された人生は自分の欲求と気持ちのおもむくままに生きて、人からあれこれ指図されるような関係は全部捨ててしまおう」

2/04/2008

ワル知恵本








ワル知恵本

他人の悪口を言わない人間に心を許すな

飲み会に「行けたら行く」と答える人は薄情な人間

しょっちゅう行き違いが生じる人は疑ってかかれ

弱者へのやさしさをやたら主張する人に注意せよ

「一芸に秀でた人」は非常識な人が多い

人たらしの基本はほめることにあり

極上、満面の笑みこそ人たらしのイロハ

喜怒哀楽の“喜”の表情を豊かにする

聞き上手に徹することも人たらしの極意

自分をあけすけに話せば初対面でも相手は気を許す

自尊心をくすぐった後自分の欠点をさらけだせ

飲食を一緒にすることが人をたらす基本

口べたと、理屈で言い争いをしてはダメ

無理を承知で通したければ大きな声で言え

当たり前の話でも大声でくり返せば認められる

しつこく何度もくり返せば相手はその気になる

接待は相手がへとへとになるまでとことんやれ

なついていけば相手は裏切れなくなる

約束の時間に相手が遅れてきても犬のように喜べ

バカにされている人ほどやさしく接しておけ

その気にさせるホメ言葉は人を介して伝えよ

本音を吐かせるには訥弁でノロノロ喋れ

「信じているよ」というひと言でたらしこむ

人は自分と違う意見は聞きたくないものだ

人は誰でもバカバカしいほど優越感にこだわる


さわやかな顔は、年齢のわりに人間性の訓練が不足しているか、あるいは人間的に薄情であることをあらわしている場合が多い。人間的に訓練されていないと、いいも悪いも情が薄いという傾向がある。人間関係において、ややこしいことを嫌う。
また、深い思考をしないので、物事を単純に考えるきらいがある。だから、やたらと、きれいごとや理想を語ったりする傾向もある。情が薄いため、冷酷な人もいるが、他人にたいする執着も薄いので、その点、友人、知人としてつき合いやすいという長所もある。ただし、親友として濃密なつき合いを求めるのなら、
物足りなく感じるだろう。
このタイプの男性は、50代になって皮膚が衰えてきても表情はさわやかなため、ちょっと見には若いが、なにかへん。ちなみに、異様なまでにさわやかな顔は洗脳された人にも見られることがある。

ワルの人生論











ワルの人生論


1章 善意のウラに悪意あり

「こんなこと言いたくないけど・・・」
なんて切りだすやつの忠告を真に受けるな

「あなたのことを心配してるから言うんだけど・・・」
なんて囁きかけてくる人はあなたを不幸にする

「見てる人は見てるから・・・」
なんて慰め言葉は信じるだけ損

「いいの、あなたが幸せになってくれれば・・・」
なんてケナゲなことを言う女とは別れて正解

「きみのためを思って言ってるんだ・・・」
なんて恩着せがましい輩にはご用心

「きみにとって、悪い話ではない・・・」
なんて口車にうっかりのると地獄行きかも

「きっと、自分の好きな仕事に出会えるはずだ・・・」
なんて年長者の言葉を信じると道を誤るぞ

「失敗を恐れずに・・・」
なんて甘言にのったら、そこがじつは破滅の入り口

「思ったことを言いなさい・・・」
なんて誘いに気を許すと恐ろしい結果を招く

「きみたちには洋々たる未来がある・・・」
なんて励ましに期待すると将来はツライ

「がんばらなくていい・・・」
なんて本気のしようにもなら大変なことになるぞ


2章 きれいごとの真っ赤なウソ

「愛があるから大丈夫なの」
なんて言ってるから周りは心配するの

「罪を憎んで人を憎まず」
なんて、しょせん理想主義者のたわ言さ

「お金があり過ぎても不幸だ」
なんて,持たざる者の負け惜しみでしょ

「人生を豊かにするは酒と恋」
なんて感じ入っても、これには裏がある

「誰に対しても同じ態度で接しなさい」
なんて、そんなことしたら世の中メチャクチャや

「人を見下してはいけない」
はホントだけど、それでは世渡りできない

「他人の長所を見るようにしなさい」
なんて教育するから人間が薄っぺらになる

「なぜ、自分を愛するように人を愛せないのですか」
なんて博愛ぶる人ほど始末に負えない

「外国人ともわかり合える」
なんて、大いなる妄想なんだな、これが

「あの人、いい人だからね」
なんて、ほめ言葉にとるとオメデタイ人で終わる

「女は気立てのいいのが一番」
なんて、でもやっぱり顔でしょ

「年をとると分別がつく」
なんて、世間を見渡せばそのウソは明らか


3章 格好いい言葉のウラは地獄

「どん底を体験したから、どんな苦労にも耐えられる」
なんて不幸自慢をする人に耳を貸すな

「人生、ここまで落ちたら下はない」
なんて誰が決めた。人生、下は底なし沼だ

「金の問題じゃない」
なんて立派ぶる人には気を許すな

「ぼくは金に無頓着だから・・・」
なんて太っ腹な人は、実は貧乏神かも

「運がよかっただけ・・・」
なんて謙虚に振る舞う成功者には要注意

「貧乏暇なしですから」
なんてボヤく人の打算を見抜け

「もう失うものは、なにもない」
なんて言うピンチの人に巻き込まれるな

「オレから仕事をとったら、何もない」
なんて自信満々な人の末路は悲しいもの

「恥を捨てれば何でもできる」
なんて言う人ほど、実は恥知らず

「苦労したからねぇ」
なんてヌケヌケと言う人に油断するな

「私は無欲です」
なんて広言する人はホントに”よくない人”かも


4章 世間が押しつけるコワイ常識

「がんばればできる」
なんて、でも成功するとは限りませんよ

「がんばればきっと、ごほうびがある」
なんて、世の中そんなに甘くないっての

「毎日、感動してますか」
なんて感動の安売りが人間を壊す

「子供は無条件でかわいい」
なんて、ガキの本性を知らない人間のセリフだ

「長生きするのはいいことだ」
なんて、周りのホンネを考えてみよ

「裏表がある性格はよくない」
なんて、本当に裏表のない人はやっかいだ

「素直じゃないんだから・・・」
なんて、それはあんたの物差しでしょ

「単純に考えればうまくいく」
なんて、それじゃますますおバカが増える

「今日できることを明日に延ばすな」
なんて、毎日がんばったらどうなるか

「他人の意見に耳を傾けよ」
なんて、本気で聞いたらアホになる

「もっと大人になれよ」
なんて、汚い世界にひきずりこむな

「若いときは、なんにでもチャレンジしないと」
なんて、鵜呑みにしたらフリーター

「ほんとうの自分が見つかるはず」
なんて、では今の自分は誰なんだ

「誰でも人を殺したいと思ったことがある」
なんて、それじゃ世間は物騒すぎる


5章 もっともらしい偽りの人生訓

「人生に無駄はない」
なんて本気にすると人生パーになる

「人生、良いことと悪いことは5分と5分」
なんて思いこむから毎日がつらくなる

「正直者が馬鹿を見る」
なんて大ウソだ。正直者は尊敬される

「騙すより騙されるほうがいい」
なんてバカなことを言ってるから騙される

「話せばわかる」
なんて世間知らずの人間の幻想だ

「好き嫌いでものを言ってはいけない」
なんて建前の正論にすぎない

「苦労は買ってでもせよ」
なんて真に受けるから性格がゆがむ

「脳ある鷹は爪を隠す」
なんて気どっても社会では生き残れない

「実るほど頭を下げる稲穂かな」
なんてホントかな。本物はへりくだらない

「結果がすべてではない」
なんて慰めると連戦連敗になりそう

「負けるが勝ち」
なんて本当に実践したら最悪の人生になる

「笑う門には福来る」
なんてオメデタイ人が不幸を招く


6章 そんな甘ちゃんでは悪に食われる

「外見ではなく中身を見てほしい」
なんて口にするから世間から見放される

「公平に扱ってください」
なんて訴えるから不公平に扱われる

「自分で自分を評価したい」
なんてうそぶくから誰も評価しなくなる

「一芸に秀でた人は、どんな世界でも一流になれる」
なんてオダテにのるから栄光を汚す

「世渡りだけで出世したくせに」
なんて言うあんたは、ゴマすらすれないくせに

「ぼくってサラリーマンらしくない」
なんて気どるから会社のお荷物になる

「うちの課、みんな変わってるよね」
なんて言うエセ個性集団に惑わされるな

「ぼくは知らないからね」
なんて平気で口走る上司を相手にするな

「私は聞いていない」
なんて土壇場で逃げるやつに近づくな

「誠意を見せてほしい」
なんて常套句に恐れ入ってはいけない

「趣味は人生を豊かにする」
なんて言うワケ知り顔のやつのワナにはまるな

「そんな子供に生んだつもりはない」
なんて、あんたに似たからこうなったんでしょ

1/25/2008

人間の見分け方 谷沢永一

















人間の見分け方 谷沢永一


・「いつ」「どこで」「どのように」頼りになるかで、頼りになる人は違ってくる。
・頼りになる人を確認するポイントは、組織全体に目配りがあるかどうか。
・一緒にいると気分がいいという人も見落とせないタイプ。
・個人レベルでは話を聞いてくれる人が一番。


・自制心のある人は欲を抑えられる。ただし、ポジションや境遇で抑えている人もいるから注意。
・年を取ると、自制心は弱まる。
・信用は本職をしっかりしていることが絶対条件。お金の払いがきれいであることは必要条件。
・どこへ行っても通用する人間などはいない。
・世の中はすべて偶然の組み合わせ。誰にでも、どこにでも通用する公式はない。


・女は世間の代表。女にもてる男は世間にもてる。女に嫌われるようでは駄目である。
・人を喜ばせる嘘は人間関係で大事である。
・運がよくても将来への展望がない人は頼りにならない。
・「自分と合うものがある」「ピンとくるものがある」「ウマが合う」という感覚があったら、必ず付き合いを持ちたい。
・「この人と付き合いたい」と思う人に出会ったら幸せである。
・好きな人、付き合いやすい人には無理がない。頼りにしようと思って付き合うのは無理がある。


・権勢家との関係を作るのは、出世する前から付き合うのが鉄則。鍋が煮えてからでは遅い。
・凡人は権力に近づかず、小細工しないで生きる方が賢明。
・無能とは能力がないことではない。有能の証を立てる機会がなかったのである。


人情味とは人情味が重要であると知ったときに沸き起こる情合いではないかと思う。
いわゆる思いやりというものができて初めて、人情の価値がわかる。男が本当の人情味を持つのは、四十歳以上だと思う。


・エネルギッシュな上司が大失敗する時に、自分まで巻き込まれないように警戒する。
・成果を横取りされても余り気にしない。それでも悔しかったら別なところで取り返せばいい。
・責任を取らない立場に身を置き、部下の成功を自分の手柄にするのが官僚の処世術。
・人情味が重要とわかる年齢になって、人情味が出る。若い時に人情味がある人はくせ者かもしれない。


そもそも人生からして、自分の計画通りにいくものではないと私は思う。まず人生は常に偶然によって組み立てられる。
そこから出発しないことには仕方ないのではないか。つまり、合理的にはいかないということである。ものの本を読むと、アメリカ社会は
日本よりも理屈あるいは利害で割り切れるらしいが、それでも利害だけでも理屈だけでも決まらないようだ。やはり何かプラスアルファがある。


・スカウトされて成功した人は、上位の人の勧誘や紹介がある。
・誘ってくれる人とウマが合うか、心変わりしない人かをチェック。
・誘ってくれることをおろそかに思ってはならない。
・人生に人間関係も偶然のなせる技である。合理的にはいかない。


・だらしない人とはとばっちりをくわない距離で付き合う。
・全身をピカピカに飾っている人は自己愛の塊。自分本位でいながら自信がない。
・賭け事の好きな人に金を貸してはいけないが、能力を期待できるかもしれない。ただし、扱いにくい。
・ズケズケと直言してくれることに感謝する度量を持つ。


霧島昇は地方巡業で司会を務めた人の名前を最後まで覚えなかったそうだ。霧島昇はただ喉を聞かせることに没頭する機械なのである。
身持ちは正しく、どこからみても立派な人物だが、どこの舞台で何時から歌うということだけを考えているのだから、社会的な活動に対する意識は希薄だ。
要するに、講談に出てくる左甚五郎のように社会性はゼロである。


・嫉妬深い人は正直で善人。でも、付き合いづらい。
・嫉妬がひどい人と思ったら近寄らない。
・こちらに好意があれば大欲の人に見え、好意がないと強欲の人に見える。
・自分のことしか関心のない人は工芸品、役に立つ機械だと割り切って付き合う。
・人間関係で無理をしない時のために挨拶言葉がある。
・人間関係には、中身のある関係と中身のない関係の二種類がある。


・遅刻常習犯は心構えに問題あり。
・憎む相手が多い人は社会性に乏しいかもしれない。
・裏切りは前もってわかるものではない。
・分け隔てのない人は自分を出していない。隠したいことがある要注意人物。
・感謝の気持ちには有効期限がある。いつまでも感謝してくれるなどと思うな。
・無責任は諸悪の根元。なおかつ直る見込みはない。


「ケチと臆病は生まれつきなので直らない」
これは私が間違いないと考える言葉である。
まず、ケチというのは、いまの一瞬だけに生きている。いま何かを出費することが嫌ということだから、未来がない。動物と一緒なのである。
そうすることによって、自分がどう思われるかという未来測定がない。ということは、情というものが冷えている。


・ケチはいまの瞬間だけを生きていて、情が冷えている動物である。
・お金を持てば持つほどケチになる。
・情報力は人間関係学。情報力のない人は人間関係を持たない人である。
・慎重と臆病の差は決断のタイミングの差。
・味方がイライラする直前に決断しないと、敵に負ける前に味方に負ける。


高校教師が君が代、国家掲揚に反対して騒がれたが、教師がなぜ日の丸を憎いのか。
素直に日の丸を見て憎いと思うなどとは、人間感情では考えられない。オリンピックを見たらすぐにわかる。一番高い位置に日の丸があがり、
君が代が流れると、誰もが喜んでいるではないか。では、なぜ君が代と国家掲揚に反対するのか。要するに、高校教師という立場に不平があり、
面白くないから、日の丸、君が代に反対し、逆らうことで満足しようとしているのだろう。


・高慢な人の仮想敵国にならないように注意。
・高慢な人には尊敬するふりをして敬遠するのが得策。
・清貧の人は凡人の欲望をわかってくれないから難儀な相手。
・いつも不機嫌な人を気にしない。不機嫌とは対人関係に無関心であることの表れ。頼りになってくれるはずがない。
・不平不満ばかり言って能力のない人は危ないから付き合わない方がいい
・人間の間で「受け渡しできるもの」と「受け渡しできないもの」とがある。


三成は颯爽としたかったのだろう。あるいは自分を英雄に仕立てたかったのだろう。その一方で、同時に天下取りをやろうとした。
そこで目的が分裂している。だから、天下を取るという外面だけに絞り、なりふり構わなかった家康が勝った。


・人間関係を切る理想的な方法は切り捨てるという姿を取らないこと。
・一つの人間関係を切ることは、腹をくくって今生の縁をきるというぐらいの気持ちがいる。自分をよく思ってもらおうという色気は失敗の元。
・自分に矢が飛んでくることも覚悟する。なまじ凡庸な人間が簡単に人を切ろうと思ってはいけない。
・人を切り捨てる動機は公に利することが最低条件。
・やるならとことんやる。中途半端は駄目。


芸能人はうぬぼれてもよろしい。しかし、それ以外の仕事をする人間が評判の良さを真に受けていい気になるのは駄目である。
なぜなら、自分の能力に対する反省がないからだ。


友達は二十歳の頃から営々と作るものである。若いときから情を発し、その積み重ねの上にやっと生まれるのだ。「何かをしてあげたい」という気持ちが
生まれたら、「やあ」と言って声をかけるような人懐かしい態度がおのずからできるのではないかと思う。能動的に情を発し、気持ちを働かせる人は心の温度が高い。
逆に、「して欲しい」ばかりの人は心の温度が低い。心の温度を高くして、得をするのは自分である。


・よい評判にうぬぼれている人は危なくて頼れない。
・人は言葉の端々に本音が出るものだ。
・悪評のある人に宝の山が埋もれている可能性はある。それを掘り出す力が自分にあるかを考えて付き合う。他の人が掘り出したら、二番手で行くもの手だ。
・奥さんには言葉に尽くせない豊かな情報が潜んでいる。奥さんと話をするのは相手を知るのに有効な方法。
・誰かに何かをしてあげたいと思ったことのない男は危険、情が薄い。
・友達は若いときから自分が能動的に情を発し続けた延長線上に生まれる。


私は第一印象にそれほど信頼を置かないが、こういうことは言えると思う。「この人から何かをもらえる」という第一印象はよくよく考えた方がいい。しかし、
「この人には何かをしてあげたい」という第一印象は大事にした方がいい。


・「この人から何かをもらえる」という第一印象は信用できないが、「この人には何かをしてあげたい」という第一印象は大事にする。
・人間は無意識のうちに何かを望んでいる。人間を見るということは望むものを察することである。
・腐りかけはおいしいらしい。果物も女も、生ビールも。
・癖は変えられない。女房の癖を変えようなどと大それたことを考えてはならない。自然現象だと思え。
・人は誰でも自分の情念を透かして物事を見ている。
・スタンドプレー、自己アピールがオーバー、などと思う相手は、自分が好感を持っていない。
・敵が多いことは必ずしもマイナスではないが、敵が少ないことは明らかにプラスである。


・世間は人をよく見ている。世間の目、世間の評価は尊重すること。
・人間は他人を自分に引きつけて考えがちである。
・自分をひけらかすために無駄なことをやらせる人がいる。これが上司だと厄介極まりない。
・人生の落とし穴の避けるには、身を慎み、欲を抑えるしかない。ということは、実際問題として難しい。
・人間はうぬぼれの塊。自分と同じくらいと思う人はずっと上、しょうもないヤツと思う人が同レベル。つまり、自分を客観的に見れば、
しょうもないヤツということ。そう思うと、少しは謙虚になれるだろうか。


夫婦にしても、六〇歳になってまだ女房が夫に興味があるなんていうアホなことはない。しかし、結婚という枠にはめられているから、みな一緒に居る。
一般人の場合はその枠がない。そうなったら、もう、儂が俺が、である。


・こちらが話している時、相手が黙っているのは聞いているのではなく、話が終わるのを待っているのである。
・年寄りの話を聞いてやることで仲良くなれる。 
・相手が誇らしいと思っていることを覚えておいて、時には口に出すことがいい関係を作る。
・たいがいの人の話は、どこかに勉強になるものが含まれている。ただし、どうしようもない人は一人か二人はいる。
・みんなが悪口を言っている時は、一緒に悪口を言わないと仲間はずれにされる。


他人への期待の上に何かを築き上げることはやめた方がいい。少なくとも、「あの人がこうしてくれることによって自分はこうなる」というふうに、
将来計画の中へ加算することは間違いではないかと思う。


普通、期待という言葉で世間は言うが、実質は要求であることが多い。つまり「何々して欲しい」ということだ。そういう「欲しがり屋」は
要求ばかりの旧社会党と何ら違いはない。


・説得するには数字が有効。納得させるには相手が受け入れやすい言葉が必要。
・仕事は世間にわかるようにやるべきだ。
・期待するなら自分からアプローチして人間関係を作る。待っているだけでは何も生まれない。
・特別な情報源はいらない。問題意識があれば、公開情報の中から役立つ情報が手に入る。
・読書と実生活を往復してこそ、読書が役に立つ。


私はこの年まで「こうしよう」「ああしよう」と思ったことはほとんどない。ましてや自分で人生の設計図を描いたことはいっぺんもない。そのときの流れにそって生きてきた。
人生とはそんなものではないかと思う。いくら精巧な設計図を描いたところで、それだけのことだ。設計図に偶然という要素を入れることはできないのだから。
株の名人野村徳七があと十年、株の投機に手を染めていたら大損した可能性だってある。いつも勝つとは限らないと思っていたから、大儲けしたらさっさとやめた。
これは見込みに引きずられない賢い態度である。


うまくいかないことが起こったら、「今はまだ完成に向かう途中だ」と思ったらいい。あるいは、人生という探検の旅で、氾濫する川に遭遇したと思えばいい。
困難のない真っ直ぐな道を歩くのでは探検にならない。山があり、谷があり、時には川が氾濫しているところを乗り越えていくから探検なのだ。
人生もそう考えれば、面白くなるではないか。


・質実剛健、木訥の裏面は恩知らず。
・人の面倒を見て、見返りを期待しないのが鉄則。
・人間関係は壊れ物。水を入れたコップをそろりそろりと持ち運ぶようなもの。
・人は寂しい生き物。誰かを頼りにしたい。
・人生は、いつの時点でも完成に向かう途中である。

1/01/2008

さわやかでたのもしい経済社会への道









「さわやかでたのもしい経済社会への道」ナナオサカキ ゲーリー


1、ぎりぎり 必要なものだけを 求めよう
2、工業製品ではなく 手作りを
3、スーパーマーケットではなく 個人商店 または生協に つながろう
4、虚栄と浪費のシンボル―誇大広告を まずボイコットしよう
5、最大の浪費 ミリタリズムに かかわらない
6、生活のすべてに もっと 工夫と創造を
7、新しい 生産と流通のシステムを 試みよう
8、汗と思いを わかち合う よろこびから
9、真の豊かさとは 物と金に 依存しないこと
10、野生への第一歩―よく笑い よく歌い よく遊ぶ

「恐怖体制」
どうやらぼくたちのこの現代社会は恐怖の体制であるらしい。そこでは安心をお金で買い、競争で勝ちとらねばならない。それは椅子取りゲームのようなもの。より多く、より速く、といつも前のめりになって、永遠に得ることのできない安心を追いかけまわす。それがファストな社会に生きる僕辰の姿だ。そんな社会にあって、ぼくたちのスローダウンとは一体どんなことを意味するのだろう。それは恐怖の連鎖から外へ出ること。恐怖の体制から自らをアンプラグすること。恐怖という登りかけた山を下りて、引き返すこと。山の向こう側に安心などありはしないのだから。安心はどこにあるのだろう。よく見れば安心の種はこちら側にいくらだって見出されるのだ。

   ○―×
自信―失敗するはずがないという意識
スピード―拙速
機知―口の悪さ
アンテナを張り巡らす―よさそうなものだけに目を向ける
献身―仕事中毒
制御―柔軟性の欠如
勇気―向こう見ず
我慢強い―変化に逆らう
人を引きつける魅力―人を思いのままに操る力
倹約家―ケチ
一途に取り組む―妄信

オープンシステム―情報は部門間を必要に応じて流れる。隠し事は奨励されない。
報酬は事業単位へ―権限委譲やコラボレーションを推進するマネージャーが評価される。
自主管理―情報と経験は速やかに知識に変換される。知識の取得と共有が自主管理グループの土台となる。
マインドフルな思考スタイル―ローカルな視点とグローバルな視点の両方を常に取り込む。方針決定にあたっては多様性、倫理、美なども考慮する。学習する姿勢が高い評価を受ける。慢心の発生はチェックされ、抑制される。

「人生棚卸」
1、自分の仕事と自己イメージはどんな部分で一致し、どんな部分で一致しないか?
2、熱心に取組んでいることがあるか?また、それについて積極的に学んだり、よい意味での難問にぶつかって緊張感を味わったりしているか?
3、仕事や私生活での人間関係は現在、どのような状況にあるか?
4、どんな秘密を持っているか?
5、深く後悔していることはないか?
6、最も恐れていることは何か?
7、どんな問題行動に苦しんでいるか?その問題行動は、もっと深い問題とつながっているか?
8、人生の目標をどのように変更してきたか?
9、時間にどの程度追われているか?その最大の原因は何か?
10、自分の性格のどの部分を強化する必要があるか?自分のどんな才能を見過ごしているように感じるか?
11、自分は何に貢献しているか?

12/28/2007

オシム監督







オシム監督
この監督は選手を自分の色に染めようなどと努めてきたのだろうか。
彼の願いはただひたすら、選手をどこに出しても恥ずかしくないプロのサッカー選手にすることだったのではないか。
監督が誰になろうと、どんなことを要求されようと涼しい顔で生き抜いていける、たくましいサッカー選手に。
(日経:12/21/07)

12/24/2007

人生はサッカー?










人生はサッカー?

この世の九九パーセントの人にとっては、人生はサッカーみたいなものですよ。
ほとんど毎日が忍耐でしかない。忍耐で耐えて耐えて、日常を営々と繰り返す中に、一生に一度、シュートのチャンスがあるかないかぐらい。ほとんどいつも抑制されて、ずっと忍耐を強いられて。でもたまにはそういうチャンスがある。
そういう中でも、ドリブルを楽しめたり、一人、二人パスを抜いてみたりという喜びがあって、そういう演出を自分なりにして、あるいは人に仕掛けたりして、そういう能動的な動き方、それがたぶん人生の生活を楽しむいちばんの基本形だと思うんです。人生を楽しめる人というのはそういう人でしょうね。


人は、自分で感じたり、老いたり、習慣をやめるようになってしまうと、他人がどう言おうと、自分が好きなら好き、と主張できなくなってしまいます。しだいに大勢の中の一人として
しか振る舞えなくなってしまうのです。
そうすると大人数を相手にした数値のようなものに縛られはじめます。「この曲が好き」ではなくて、「この曲は売り上げベストテンに入っているから好き」になってしまうのです。
ある種の数値化されるようなものに縛られていると、人はだんだん生き方まで支配されることになってしまいます。物事の順番、上下関係、経済効率だとか、そういうものに自分の生き方や価値観を絞り込んでしまったような人は、数値にしばられ、自分の生きる時間を浪費するようになる。そして、だんだん楽しみに気づけなくなってしまうんです。


「人と同じ」ことではなく、「人と違う」ことに価値観を見出すということが、初めて「健全なる個人主義」なんです。
でも、人と違うことに価値がある、という伝統が残念ながら日本には少なすぎる。
今の時代の若者は「個人主義」のように見えるけれど、じつはそうじゃないんです。個性的なファッションろいいながら、みんな個性的なつもりで同じファッションを身につけている。
僕らの頃はみんなと同じことをするというのは何か恥ずかしいという、気概、ちっちゃなプライドみたいなものはみんな持っていたけれど、今は、特に若者は「みんなと同じことをやらないと駄目」みたいでしょ。
これはむしろ全体主義の始まりです。
みんながやっていることも、もしかしたらみんな、楽しくないかもしれない。
でも、みんながやっているから、やっているだけでね。
みんながやっているだけで楽しいぞ、というノリになっているだけなら、こんなつまらないことない。



そうじゃなくて、勉強も教えるけれども「勉強ができなくたって、人生はこんなに楽しく送れるよ」ということを学校でも教えてもいいんじゃないかと思うんです。昔は家や地域がちゃんと教えていたのですが、今、親にそれを教える能力がないのなら、そういうことを学校で教えること、少なくともゆとり教育の中で教える、ということがすごく大事なのではないでしょうか。大きな言い方をすると、これが現在のアメリカが持っている最大の強みなんです。娯楽でも、世界的な特許でも、何でもいろんな分野で世界一流クラスの人材をそろえられる。


日本は中途ハンパなんです。というよりも、世界一を目指さない。せいぜい目指すのは日本一。どの分野でもいいから世界一を目指せ、と言われたら、みんなもっとギラギラしてきます。韓国や中国のように。韓国や中国はもう日本を追い越せなんてセコイことは思わないです。追いついたと思っているから。だから彼らは世界を目指します。香港に行ったって、上海に行ったって、ソウルに行ったって、みんなギラギラしてる。をのギラギラが大事なのですよ。

12/22/2007

「ノンキ節」






「ノンキ節」

お酒も飲みませんし、煙草も吸いません。

勝負ごとは全然致しません。

女にゃ近寄りませんし、食事も控えめで、それで百まで生きた馬鹿がいた。

12/12/2007

アジア新聞屋台村・高野秀行









アジア新聞屋台村・高野秀行


自分の人生は自分で決めて、自分の生きたいように生きる。

良くも悪くも他人を頼らず、自分の事しか考えないから、組織はつぶれても個人はつぶれない。

一言で言えば自立している。

ちょっと異常な人たちに興味ある。

変だったり、不合理に見えるものには全部、何かを気づかせてくれる可能性がある。

11/14/2007

いのちの力








いのちの力 気とヨーガの教え 望月勇


トルコからインドへの旅の途中も、腹の立つことが多くて、いつも心の中で人々を批判ばかりしていました。
その結果、人々からあまり印象のよい待遇を受けませんでした。むしろひどい仕打ちを受けました。人々からだけではありません。
犬や牛や、はたまたバスや汽車やホテルまでもが、私に反感を抱いているように感じられたのです。


だいたい、最初に感じたことを無視して行動した後に、「あの時、最初に思った通りにやっておけばよかったのに」と後悔することが、
案外多いのではないでしょうか。


執着する物を手放す


病から抜け出す方法とは、潜在意識からネガティヴな思い込みを開放することであることを学びました。


自分の体を非難すると、非難した部分から仕返しを受ける


恐いと思う気持ちが、恐い状況を作ってしまう


今現在は、将来の原因、将来は、現在の結果であることに気付いた人は、よりよい将来を望むなら、今をよりよく生きる生き方を選ぶことでしょう。


スポーツでも、楽器の演奏でも、くり返し反復練習を積み重ねることによって、上達してゆくのです。
それと同様に、願望を現実化するには、くり返しイメージすることが最も重要なのです。くり返すことで、そこに宇宙の無限の力が働いてくるからです。


いったん、心に願望を思い描いたら、よほどの理由がない限り、途中でその想念の計画を変更しないことです。
あなたの心に思い描いた願望は、あなたが眠っている間も想念の波動となって、宇宙へ働きかけられています。
そうして働きかけられた宇宙の無限のエネルギーは、徐々に、あなたの願望を現実のものとするように、宇宙を動かしてくれます。


私は、自分の死のことについて、いつもこんな風にイメージすることにしています。元気で長生きして、ボケなくて、自分のことは自分でできて、なおかつ、
周りの人のことも少しはしてあげられる。そして、亡くなる二日前に、ちょっと老化現象が出て、「ああ、もうすぐあちらの世界へ行くのだな」ということが
わかって、身の回りを整理し、ふとんを敷いて寝る。この世の死は、あの世へ生まれること、あの世の死は、この世へ生まれること、と思う。
すると、落ち着いてくる。そして、リラックスすると、脳にベータ・エンドルフィン(脳内麻薬)が、いっぱいに分泌される。すると、恐怖心が完全に消え、
素晴らしく心地よくなって、恍惚とした気分であちらの世界へ旅立つ。誰かが、よく眠っているな、と思って枕もとへ来て見ると、すでに大往生を遂げていた。
とまぁこんな風に、勝手にイメージしています。


人体の右半身がプラス(陽)で、左半身がマイナス(陰)です。また、上半身がプラス(陽)で、下半身がマイナス(陰)になります。
腕でいうと、右手はエネルギーが出て行く方で、左手はエネルギーが入ってくる方です。
目では、右目からエネルギーが出て行きますが、左目からは、エネルギーが入ってきます。


思いと言動が違うと、体がゆがむ


願望を話すと、言葉で成就したことになり実現しにくい


自分の願望は、志を同じくする数人の仲間になら話してもよいと思いますが、なるべく黙って胸に秘めておくべきです。その他大勢の人々に話してしまうと、
その話した願望が現実化する一歩手前で、言葉の世界で実現したことになり、現実にならないことがあるからです。


朝起きた時にはよい言葉を、夜寝る前には心をきれいに


「人間は、この宇宙では、わからないことの方が、圧倒的に多いのだから、よほど自分で確信がない限り、相手の言ったことを否定しないことです。
否定すると、自分の器量が狭くなります。器量は、相手をゆるし、認め、受け入れる心の広さと考えれば、あなたの上司は、いつも、あなたの言う
ことを否定しているために、段々器量が狭くなったのですね。たとえば、五人分の器量しかない上司には、五人しか部下がいないはずです。現に、
あなたも、その部長についていけなくなっているではないですか」


とにかく、どんな問題であろうが、自分の人生で起きてくる問題は、最後は、自分が決断するべきです。たとえ、その選択が間違っていたとしても、
それを自分が選択したことで、自分が自分を生きることになり、そのことで今、生きている実感が得られ、その実感が生きている証になっていくのでは
ないでしょうか。長い目でみると、本当は、間違った選択なんて、ないのかもしれません。


人間は、表面では、個々一人一人独立していますが、心の深い所では、一つにつながっているのです。
すると、自分を卑下し、自信を無くすと、相手の心は自分が卑しめられ、見下されたと感じてしまうので、そんな相手に対して反発してしまう気持ちが
出てくるのだと思います。
したがって、彼女の、自分を卑下し、自虐するという心の持ち方が、無意識のうちに、相手に不快で、生意気で、横柄な印象を与え、そのために反発を
まねく結果になっていたのです。
反対に、自分を大切にし、自信を持っている人は、相手に好感を与え、話し方や動作に謙虚さを感じさせます。自分を大切にする心が、そのまま相手の
心に通じているので、相手は自分が大切にされていると感じるのです。ですから、自身のある人は周囲から大切にされ、尊敬されるようになるのです。


自分で見よ、自分で考えよ、自分で生きよ、でした。
実際、日本人は、誰かが大義名分を唱えると、誰もがすぐそれに賛同してしまう傾向があります。自分で考えるよりも、皆の意見に同調した方が、
確かに楽ですが、それは自分の生き方を放棄していることと同じです。


武道家や気功家は、みんなそれぞれ自分の型を教えますが、覚えたら、最後にはその型を捨てなければなりません。
あなたが形や型にこだわっているうちは、本当の進歩はありません。そのこだわりを捨てた時、あなたは、初めて内的世界の広がりに気づき、
次元の異なる世界の入り口に立つことができるのです。


心の中で、日常的に、無意識に、子供の短所を批判していたことに気が付いた人は、どうか意識的に、心の中での批判をやめてみてください。
そして、その代わりに、長所を見つけて、褒めてあげてみてください。すると、私たちは、子供が、確実に変わってゆく姿を、目撃することになるでしょう。
さらに、私たちは、輪廻転生という考え方を、受け入れることができれば、こんなふうにも考えることができるのです。
つまり、私たちの子供は、理由があって、私たち両親を選んで生まれてきたというのです。私たちは、あらゆる体験をするために、生まれる前に、シナリオを
作って、生まれてきました。宇宙の何か偉大な力が、私たちを通して、あらゆる体験をするために、今、現在、ここに存在するのです。
もし、あなたが、あなたの言うことを聞かないから、という一方的な理由で、自分の子供に不満を持つようなことがあったら、あなたの心の中で、次のように
祈ってみてください。
「息子(娘)よ!私たちを選んで生まれて来てくれて、本当にありがとう。感謝します。あなたが、これから最善の人生を選択して歩むことを、信じています」
祈りには素晴らしい力があります。子供のことで悩む時間があったら、是非、このように祈ってみてください。



三木成夫(1925~87年)氏は、東京大学医学部を卒業し、東京大学解剖学教室、東京医科歯科大学解剖学教室を経て、東京芸術大学教授を
勤めていた学者(医学博士)ですが、彼は、人間の心(魂)は頭(脳)にあるのではなくて、内臓にあると主張しているのです。

10/14/2007

桜井章一/運に選ばれる人選ばれない人



桜井章一/運に選ばれる人選ばれない人



 



違和感が多いといい運はやってきません。出来るだけ違和感のあるものから外れて気分がよくなるほうへ行ったほうがいいのです。



どんな勝負事も、ここ一番の勝負どころというのは、「変わり目」のことを指しています。「変わり目」は必ずやってきます。つまり運がいい時も悪い時も、「変わり目」をとらえられるかどうかで流れが変わってくるのです。



いいものを見つけて自分のものにし、悪いものは見つけたら捨てるのが、「見つける」ということです。「見つける力」はさらに「片付ける力」がプラスされることで、より確かなものになります。



感じ方には、それが心地よいものか違和感があるかということがひとつの基準になります。違和感があればそこから離れることですが、知識に頼るクセがあると違和感がわからなかったりします。考えないで感じることが非常に大切なのです。



流れが悪ければ、流れを変えるきっかけをまずつかむ。



「間の中」に入れば、運のリズムが良くなります。

「間に合う」から外れると、間が抜けて、「間抜け」になります。「間抜け」な状態は運を落とします。間に合っていれば運がいいのです。間に合うには、いつも我が身を「間の中」に入れておくようにすることです。



妬みの感情を抱かないようにするには、自分の中にある不安を打ち消す努力をすればいいのです。他人に勝とうと思うのではなく、自分に勝って自分が強くなる努力をすることです。



私は不愉快な気分にさせれば、自分の負けだと思ってます。人と接する時はいつも人を愉快な気分にさせることや気分よくさせることを忘れないようにしてます。

運をもらいたかったら、気持ちの良い人と付き合うようにすることですが、それだけを思っていると他力本願になってしまいます。さらに自分自身が気持ちの良い人になるように心掛けることが大事なのです。



これから先、混迷と混乱の時代が長く続くでしょうが、そういう時に頼りになるのは情報でもなく知識でもなく的確に感じる力なのです。

迷わないためには、感じる力を磨き、自分なりのブレない座標軸をしっかりと持つことなのです。



本当の一体感とはいいことだけでなく、いざとなればダメなことも一緒に味わうという共生感が根っこになければ生まれません。



ただの他力本願では、運がやってくる道理はないのです。



根と葉を無視して花ばかり求めると肝心なものが見えなくなります。花を追求するとお金が儲かったり、多少の成功は得られるかもしれません。しかし、ふと自分の心を見つめると何もないことに気がついて空虚な気持ちになるはずです。

「勝負強い人間」になる52か条


「勝負強い人間」になる52か条・桜井章一

流れに乗るために大切なことは、頭を使って情報を集めて流れを読もうとする前に、まず素直であらねばならないのだ。

修羅場というのは、「自分の可能性を超えた領域」とでも言えばいいだろう。つまり、修羅場とは、そこに臨む覚悟とか度胸といったものを新たに身に付けられる場所でもあるわけだ。
自分の可能性とか限界を決めているのは、結局のところ、自分の脳だ。だから、人間はふだん自分の頭で考えて「ここが俺の限界だ」と思ったところで止まってしまう。

勝負は常に変化するもの。
それを意識していれば、流れにも敏感になり、やがては流れを見極め、流れを読めるようになる。

人間は前に進むことも大事だが、ちゃんと帰る場所があるということも必要だ。迷ったとき、疲れたとき、一休みしたいとき、立ち戻れる場所がなければ、さまよい人になってしまう。
人間の「心」とは、どこかにあるものではなく、「戻る」ということなのだと、私は思う。自然に戻る。ふるさとに帰る。基本に戻る。素直な気持ちに戻る。そういうことが「心」なのだ。

勝負師は調子が悪くなるということを前提に勝負しなければいけないのだ。「不調こそわが実力なり」。

プレッシャーに強くなるためには「80%」の気持ちを忘れないことが大切だ。つまり、「20%のゆとり」を持つことである。
20%のゆとりが無くて「100%、がんばるぞ」と肩に力が入ると、緊張感が高くなり過ぎてしまう。また、「俺は100%だ」と思っていると相手や物事をナメる感覚が出てしまう。

一度きりの勝負であれば、強い相手と勝負しても勝機はない。
けれども、強い相手とやって負けることほど、勉強になることは他にない。自分は何が足りないから弱いのか、強い相手と戦うことによって、はっきり見えてくるからだ。
それを自覚して鍛錬すれば、今度勝負のチャンスがきたら、少しはいい勝負ができるようになるだろうし、それを繰り返していけば、いつかは勝てるようになるかもしれない。

決断力をつけるためには日ごろの心構えが大切だ。
それは、人間としてごく基本的なことばかりが。
・正直になる
・素直な心を持つ
・勇気を持つ
・物事に正しく真直ぐに向き合う
こういう人間として当たり前のことをしていれば、人間の心が育つ。物事を見る目が育つ。その結果として、決断力がついてくる。

一体感について、ここまでは「相手との一体感」「自然との一体感」「という話をしたが、もうひとつ「自分の中の一体感」ということも重要だ。つまり、頭と体の一体感、心と行動の一体感ということである。
「俺はこういう人間になりたい」とか「私はこれを成し遂げたい」と思ったとき、それを実現するためにもっとも大切なことのひとつは、思ったことはできる限りすぐ実行することだ。
心で思ったことは、すぐに実行する。自分の気持ちにまっすぐ向き合い、素直に行動する。その繰り返しをしていれば、大事なときにも思ったとおりのことを実現できるようになる。

人に対してなにかをしてあげるのが愛ではない。愛とは、「自分の悪を消す心」なのである。
つまり、「悪いことをしてはいけない」のではなく、「悪い感情を消す力を持つ」ことによって、悪いことをしない人間になる。
それが愛であり、本当の強さにつながるのだ。

いくら才能がある人でも、いつもいつも右肩上がりで順調に成功を続けるのは不可能だ。どんなに才能があっても、当然、壁にぶち当たったり、方向性を間違えてしまったりすることがある。そういうときに修正力を持っていれば、次の段階に進むこともできるし、成長することもできる。
つまり、才能を磨くということは、言い換えれば、修正力を身につけるということなのだ。

自立というのは、「準備・実行・後始末」がきちんとできていて、悪いことに抵抗を感じることだ。そうすれば、自分には余裕があるから、余裕がなくて困っている人のことに目がいくはずだ。

男には根性が必要だ。根性のないヤツは強くなれないし、優しい人間にもなれない。
根性というのは、字のとおり「根っこ」である。木や草は、この根があるから生きられる。根がなければ、水も栄養も補給することができない。
根が植物の命の根源であるのと同じように、人間にとって、男にとって、根性というのは生きる根幹なのである。

運がいい人、ツキのある人というのは、いつもニコニコしている。
運が悪い人、ツキがない人というのは、いつもムスッとしている。
人は明るく楽しく生きようとしていれば運も向いてくるし、明るく楽しい人生にできる。

強い人間というのは、必ず「恥の心」を持っている。かつて、それは日本人の美徳だった。
しかし、今の日本人は「恥」や「心」を忘れて、利口に金さえ稼げれば人生の勝者になれるという錯覚を抱いてしまっているようである。
「便利」と「利用」は本来的な人間の「愛」や「心」からもっとも遠いものだ。

10/13/2007

不道徳 橘玲


不道徳 橘玲


人々が自由に生きればすべての人が幸福になる。
すべての人を幸福にする行為は道徳的である。
したがって、自由に生きることは道徳的である。



そのやりとりをバローは具体的には書いていないが、このカリスマ的なロックスターに経済学者は次のように言ったと思われる。
「ボノ、君の音楽はすばらしいけれど、君の経済学は間違っているよ」
アフリカの貧困という破滅的な事態に対して、ボノのようなリラベルな活動家は、国家の介入によって問題を解決すべきだと考える。

どれもすばらしいことだが、ひとつだけ問題がある。最貧国への経済援助はすでに何十年もつづけられてきたが、ほとんどなんの効果もなかったのだ。



じつはリバタリアンは、世界の貧困を劇的に改善する方法を示すことができる。それは、すべての先進国が移民規制を撤廃することだ。それによって、アフリカの貧しい人々は大挙してヨーロッパ諸国に出稼ぎに行き、故郷に金を送金するようになるだろう。同様に、中南米の貧しい人々はアメリカへ、中国の貧しい人々は日本へ押し寄せ、彼らの所得は飛躍的に増えるはずだ。
私たち日本人を含め、先進国の国民は、たまたま豊かな国に生まれたというだけでとてつもない既得権を享受している。そしてこの既得権を守るために、厳しい移民規制によって貧しい国の人々を貧しいままに閉じ込めている。だが、すべての人が自由に生きる権利を持っているならば、国籍にかかわらず、だれもが好きな場所に暮らし、平等な条件ではたらくことができるべきではないだろうか。



①「不道徳な人」は暴力をともなう悪事をはたらいているわけではない。
②実質的にすべてのケースにおいて、「不道徳な人」は社会に利益をもたらしている。
③もし「不道徳な人」の行為を禁じるならば、わたしたち自身が損失を被ってしまう。



差別は国家によって行われることもあるし、個人がだれかを差別することもある。だが、国家による差別だけが女性の権利を侵害するのである。差別が私的に行われる場合は、彼(または彼女)は自らのリスクにおいて差別する。しかし国家は、市民から徴収したカネを使い、市民に責任を押しつけて差別を行う。このちがいは決定的である。



女性に対する深刻な被害はほとんどの場合、公共の場所で発生するのである。



役人は部下から嫌われてもクビになることはない。仮に補塡格差のぶんだけ賃金を引き上げたとしても、その原資は税金なのだから自分の懐は痛まない。彼にはセクハラをやめる理由はなにひとつないのだ。これが役所や公共団体や国公立学校で悪質なセクハラが頻発する理由である。



「双方の話を聞け」という先人の言葉を思い出すのはよいことである。なぜならば、もしも大多数の人がなにかに反対しているなら、彼らの批判とは逆に、そこに好ましいなんらかの要素があるにちがいないからだ。人類の長い歴史において、多数派の意見はたいていの場合、間違っていた。



福祉とは、大衆を支配するために権力者が用意した「パンとサーカス」であったのだ。



①宣伝屋
「広告は付加価値を生まないから不要である」との偏見に対する反論。われわれは常に、学歴や肩書や衣装などによって実物以上に見せようと「宣伝」している、とブロック教授は説く。「広告業」はいまや不道徳な職業ではなく、企業の広告部や大手広告代理店は花形職業になってしまった。

10/10/2007

『虚構と瞑想からの超発想』山田久延彦


『虚構と瞑想からの超発想』山田久延彦


行きづまりに対する真の解決は、新たな発展のSeedsを見つけ出すことによって得られる、ということである。
これまでに考えられなかった新しい理想を作り出し、これまでに知り得なかった新たな可能性の世界を捜し出し、これまでに存在しなかった魅惑的な目標を掲げることである。
新たなものをつくりだすことは、このような理由によってそれ自体、社会正義なのである。

人はしばしば一芸に秀でること、すなわち専門領域を深く掘り下げることが善であると考えがちである。
ところが、このような人たちからは新しいものは生まれない。
深く深く掘り下げているつもりが決して深くなく、細かくいじくりまわしているだけなのである。
にも関わらず、この種の人びとは、自分たちが最先端を行なっているとごかいしている。そして革新的な発想を、狭い視野の中からことごとく否定する。

専門馬鹿という現象は、単なる能力の欠如以外の何者でもないといういべきだろう。“広い視界”が深い理解に必要不可欠である。

「疑問をもつことが重要だ。ただし度を越さないこと」。これが科学的な態度なのだそうだ。だが、敢えていおう。「限度をわきまえるな」と。

現状のもっとも根本を逆転させよ。論理だけではない。感情や道義などからの違和感さえ克服しての逆転だ。否定や抵抗は評価のしるしと考えよ。

「不条理な抵抗や否定にあうような発想の中から、真に価値ある発想を捜し求めよ。みんなが良いということは、どうでもよいことである」

「閉塞状況下、すなわち行きづまり状態においては、従来の前提のもっとも基本的なところを否定せよ。部分的修正は状況をさらに悪化させる」

「たとえ空想でも、思考としてこの世に存在し得るものは、実現可能なことである」―は、別な表現をすれば、「人間の乏しい想像力で考えられることは、せいぜい実現可能なものだけである」ということであった。

ハイポロジストは誤解される。孤独だ。みじめな存在でさえある。
それを承知でハイポロジストになりたい人のために、十の条件を記そう。



●ハイポロジストのための十カ条

1 空想であれ願望であれ、考えとして存在するものは、すべて実現可能なことである。 〔ハイポロジクスの原理〕
2 新たなものをつくり出すことは、それ自体、社会正義である。これを否定する者は、 正義の名のもとに排除されなければならない。〔変革(Break Through)の原則〕
3 単一専門領域をいくら深く掘り下げても、新しいものは生まれない。広い視界が、深い理解と 新しい発想には不可欠である。〔超視界(Hyper Vision)の原則〕
4 社会の不条理な抵抗や否定にあうような発想の中から、真に価値ある発想を探し求めよ。みんなが良いということは、どうでもよいことである。〔反撃(Counterattack)の原則〕
5 行きづまり状況下には、従来の論理のもっとも基本的なところを否定せよ。修正主義は状況をさらに悪化させる。
6 発想は長い間寝かせよ。短期間で成果を得ようと思うな。本を読む前、データをとる前に思考せよ。
7 パイオニアは、その良き理解者とペアで一人前である。
8 高次元の問題を扱うときほど、人間は低次元の感情にかかずらう可能性が大きいと心得よ。
9 実力以上に自分の可能性を信じ、能力以上の問題に挑戦せよ。大風呂敷を広げよ。
10 技術者にとって技術的主張は、個人の思想、信条であり、基本的人権と不可分のものである。誰からも拘束される必要はない。

創造力というのは、能力というよりも執念といった方が適切である。この執念において、日本人は、本質的に決して諸外国の人びとに劣るものではない。ただ現在のところ、理解力型秀才が社会の重要なポジションを占めているため、どちらかというと日本は、基本的な問題において欧米より創造力に乏しいような印象を与えているにすぎないのである。
しかし、創造力型天才がそのポジションに入れかわった場合、日本の創造力たるや、世界のどの国の追随をも許さないほどのものになるはずである。日本の創造性が乏しいといわれる所以は、国民性にあるのではなく、社会体制の中にあると私は考えている。

10/09/2007

幸運と不運の法則 小野十傳


幸運と不運の法則 小野十傳


①ちょっとした仕事で早い時期に頭角を現す
②その分野での仕事に疲労を覚えない
③一つの仕事が終わってもパワーが残っている気がする
以上の条件に合致する仕事こそ、適職です。
もしも、好みだけでその道を歩いていると感じたならば、すぐに方向転換を図る行動に出ることが大切です。


アイデアが浮かばず苦しんでいるとき、私はいままで読んだことのない分野の本を無作為に開いて、そのページを隅から隅まで読むようにしています。すると、大げさではなく100パーセントの確率で、すばらしいアイデアの卵を発見します。
脇道に逸れますが(脇道こそ大切です)、努力しても成績が伸びない学生がいます。その学生は、教科書の欄外を無視して勉強していることがほとんどです。欄外のどうでもいいようなことを覚えておくと、次の試験では確実に成績が10点以上は上がるものです。


いくつかの名刺をつくり、それぞれの場所で使い分けることは、幸運を呼び込むコツを会得するための方法になります。


不運になると、とたんに家相や方位に神経質になるものです。しかし動いてはいけません。自分の居場所をキープすることが大切です。


時代の流れなど無視するという意識をもちましょう。時代にペースを合わせようとせず、自分のペースに生き方や考え方を戻すのです。古臭くていいのです。方言が出ていいのです。
不運時はパワーは自分のパワーが欠けていますから、いちばんラクな生活にペースを戻すことです。それが「五行哲理」に則った生き方です。


まだ可能性があると思うのは錯覚です。もしもほんとうの可能性があるならば、それを幸運のときに実行していたはずではないですか。
不運のときにすばらしいと思うヒラメキは、幸運時には見向きもしなかったカスのアイデアです。
三ヵ月間、とにかく人脈を断ち切りましょう。そして、お金儲けとは縁もゆかりにもなりそうもない趣味をつくって、それに没頭するのが正解なのです。


不運だと感じたならば、最初にすることは、それまで使っていた靴を捨てて新しい靴を購入することです。靴は運気とリンクしている
場合があるからです。不運の兆しは、最初に足から発生することに気づいている人は少ないでしょう。
足の骨折や捻挫は、運命学から見れば許されざること。運を獲得するには足が必要不可欠だからです。
つまり行動力、フットワークが幸運をつかむためには必要なのです。


①体調はいいか?
②いままでの人間関係に変化はないか?
③贅沢をしていることを公表していないか?
④相手をほんとうに楽しませているか?
⑤親族に病気持ちがいて、その面倒を真剣にみていないか?
⑥異性からモテすぎてはいないか?
⑦眉の手入れをしていないか?


自分の運命における五行の偏りを知れば、もはや恐れることはありません。「子孫」に偏っているのであれば、「父母」で(-)にするか、「妻財」を活性化させてパワーを漏らせばいいのです。「官鬼」に偏っていれば、「子孫」に該当することで自分の「官鬼」傾向を(-)し、あるいは、「父母」にあたることを実践して「官鬼」の過剰なパワーを散らせばいいのです。


現実の世界では、見切りをつけることが大切なのです。あきらめられずに、幸運をつかめるはずの人生を無為に送り、ついには犯罪者となったり、アヤシイ宗教の狂言者となるケースがあとを絶ちません。犯罪者や狂言者は、上手に見切りをつけられなかった人のなれの果ての姿と断言してもいいでしょう。
人生には可能性がたくさんあるのです。一つの可能性が失敗したからといって、それに縛られることはきわめて危険です。

10/01/2007

岡本太郎


人生は意義ある悲劇。人生の岐路に立った時、必ず楽な路を選ばず、危険と思う路を進むべきだ。

9/27/2007

脳を鍛えれば今までの10倍うまくいく


『脳を鍛えれば今までの10倍うまくいく/ビル・ルーカス』



脳を正しく扱うための10のアドバイス



1.十分に水分を補給しておくこと。

あなたの脳は、「電気回路」を効果的に機能させるために多量の水を必要としている。



2.定期的に休憩して、身体を伸ばすこと。

脳が十分に機能するためには、酸素を含んだ大量の血液が必要である。立ち上がるだけで、血液の流れが20%も増大する。



3.いつも最初に全体像を示すこと。

あなたの脳は絶えずつながりを作ろうとしている。したがって、最初に全体像を示しておくことにより、細部に注意を向けることを好む人にも、物事の意味を理解したり、特定のテーマに関して自分が知っていることをすべて集めたりするための時間が与えられる。



4.人々に向かって長時間一方的に話し続けないようにすること。

あなたの脳は、一度に一定量の新しい情報しか取り入れることができない。話し手の力量が大変優れているのでない限り、聞き手の脳は20分ほどで停止してしまう。



5.情報を伝える方法に変化を持たせること。

私たちの頭は一人ひとり異なっている。視覚的な情報を好む人もいれば、聴覚的な情報を好む人もいる。また、立ち上がって何かをすることによって情報を取り入れることを好む運動型の人もいる。



6.集中力の持続する時 間についても考慮すること。

流れに乗っているときは仕事を続けると効果的であるが、20~30分ごとに定期的な小休止を入れると頭は仕事を継続しやすくなる。



7.大きな課題はいくつかの小さな部分に分けて、取り組みやすくすること。

いくつかの小さな要素に分解することによって、頭は大きな問題に取り組みやすくなる。



8.ユーモアを用いること。

笑うと、緊張をほぐす働きを持つエンドルフィンと呼ばれる化学物質が分泌されることがわかっている。



9.よりよい成果を出させたければ、恐怖心を与えないこと。

わたしたちの脳は、ストレス下では、生き残ることしか考えることができず、より高度な思考作用が効果的に行なわれることはなくなる。



10.必ず十分な睡眠をとるようにすること。

必要な睡眠時間は人によって異なるが、多くの人にとって、夜の睡眠は7時間以上なければ十分とはいえない。脳が疲労しているとき、脳はうまく働かない。



今から24時間前までを振り返ってみましょう。あなたは、脳の世話をどの程度心がけてきましたか?

あなたは10の簡単なヒントの中で、十分に生かしているものはいくつありますか?

あなたの生活には、どこかアニーの日常と共通している部分がありますか?









意識していないしできない



意識しているができない



意識していてできる



意識しないでもできる









他者を模倣することによって確実に恩恵を受けるための10の方法



1.組織の中であなたが最も尊敬する人々と共に時間を過ごすこと。

わたしたちは、非常に短時間のうちに、身近にいる人々の持つ行動様式や物事への取り組み方から影響を受ける。したがって、分別のある時間の過ごし方をすることはとても大事である。



2.あなたが選んだ仕事の現場の中で、最も尊敬できる人を見つけて、彼らが実際に仕事をする様子を観察できる方法を考えること。

もし、自分の関わっている分野における最高の人々を見習うことができれば、あなたの成功の確率は高くなる。



3.自分の仕事ぶりを改善したいと思う領域を選んで、組織の中でそれを一番よくこなす人物を見つけること。

この種の具体的な模倣は、スキルを改善するための非常に積極的な方法となり得る。

例:会議の司会。フィードバックの方法。



4.模倣するための良い手本と提供するテレビ番組や映画を探す。

あなたの脳には、真似をする特性が備わっているので、脳に吸収させる情報には注意を払わばければならない。



5.尊敬する人々の伝記を読む。

伝記には、わたしたちの見習うべき、成功を招く行動についての洞察が含まれている場合が多い。



6.意識的に、職場であなたが見習いたいと思う人々と昼食を共にする。

わたしたちは昼食の時間を無駄に過ごしてしまう場合が多い。あなたが尊敬する人々と交友関係を持つことができれば、彼らの成功の方程式を発見するチャンスは高まる。



7.様々な分野において、あなたが手本にしたいと思うような行動をとっている人々を見つけて、彼らと交友関係を結ぶこと。

自分とは異なる仮説を持っている人々と一緒にいるときに、有用な洞察が得られることが多い。



8.職場にいる否定的な傾向を持つ人々と、不要な時間を共に過ごすことのないように留意すること。

あなたは何らかの形で、彼らの持つ否定的な傾向の影響を受けてしまうことになる。



9.困難な状況が見事に処理されるのを見たら、そのやり方を書き留めておくこと。

物事がうまく行ったと感じる自分の感受性を大事にすること。



10.あなたが手本にできる人々のネットワークを広げるための、交友と学習の機会を探すこと。

これはあなたが、「あらゆる種類の鳥たちの群れに加わる(フロッキング)」ことができるようにする方法である。



学習が困難になったときに取るべき10の行動



1.今やっていることをやめて、完全な休憩を取る。

2.以前同じように行き詰まったときのことを振り返って、自分が何をしたかを考える。

3.自分にとっての選択肢の概要を示すマップやリストを作る。

4.友人にそのことを話して、彼らだったらどうするかを尋ねる。

5.本を使って、突破口を見つけるのに役立てる。

6.インターネットを使って、答えを発見するために役立てる。

7.何か運動をして、答えが浮かばないか試してみる。

8.行き詰まりを放置して眠る。寝る前に「自分は問題の突破口を見つける」と自分に言い聞かせる。

9.自分が今やっていることを、まったく別の場所でやってみる。

10.もし答えが見つかれば、あなたの仕事の達成に役立つかもしれないと思える質問をできるだけ多く考え出す。







事態が混迷を極めるときに取るべき10の行動



1.心を乱さない。

2.自分に正直になって、自分の最初の目的を思い出す。

3.その状況に取り組む別々の方法を3つ考えて、その中に使えるものがないか調べる。

4.その状況で、実務家や理論家(自分と異なったタイプの人)であればどうするかを想像してみる。

5.別な人が同じ問題に対してどのような取り組みを行うかを、近くに行って観察し、彼らから学ぶ

(他者が見習うことは、不正行為ではなく、知性の発露であるということを思い出そう)。

6.電話をかけたり、Eメールを送ったり、本を参照したりして、その分野の専門家は、この場合に何をするか調べる。

7.あなたがしていることの詳細は知らなくても、常識にもとづいたアドバイスをくれそうな人や、あなたの考え方を変えてくれそうな人に尋ねる。

8.インターネットでヒントを探す。

9.その日のうちに、時間を変えてもう一度その問題に戻ってみる。

10.自分の学習を続けることが正しいことかどうかを、よく考える。場合によっては、それまでに自分が学んだことを振り返った上で、別なことをする方が賢いことがある。









発明とはアイデア同士の創造的な組み合わせ





本当に新しいアイデアというものは非常に少ない。ほとんどの場合、それはすでに存在しているアイデア同士の創造的組み合わせである。



●車というアイデア+鋼鉄の発明+蒸気機関の発明=鉄道

●手紙+ワープロ+モデム=Eメール

●ラジオ+カセットプレーヤー+ヘッドフォン=ソニーのウォークマン

●巨大な書店というアイデア+インターネット=アマゾン・ドット・コム

●何でも最後の最後にならないとやらないという、わたしたちの持つ傾向+ワン・ストップ・ショッピングというアイデア+インターネット=lastminute.com

●大学というアイデア+新しいテクノロジ-=バーチャル・ユニバーシティや企業大学

●「洗濯仕上げ用圧搾ローラー」と「洗濯板」を使った、昔の洗濯の仕方+逆方向に回る2つの桶を備えた最新テクノロジー=ダイソンの最新型洗濯機



MIT(マサチューセッツ工科大学)のニコラス・ネグロポンテは次のように言う。



新しいアイデアは相違から生まれる。それらは、見解の相違や、比較対照される理論の相違から生まれる。



アメリカの詩人ロバート・フロストは、さらに簡潔に、「アイデアは、連想の妙である」と言った。









幸運なことに、より深刻な症状が起きる前に発見することができる、多くの兆候がある。

次に挙げるのは、その一部分に過ぎない。



●怒りっぽくなる

●攻撃性

●過剰防衛

●優柔不断

●集中力の低下

●自信喪失

●持続的な疲労感

●筋肉の緊張。特に首・肩・背中

●頭痛

●消化不良

●不眠症

●便秘

●大量の発汗














9/24/2007

一回性の人生/梁石日



『一回性の人生/梁石日』。壮絶な人生を送っている人の言葉は説得力あるね。





管理社会はまだ、真実を大いに隠すシステムである。一種の思考停止状態であり、自分がいま行っている行為が何を意味しているかを自己判断する能力を奪われ、ひたすら没個性的な人間になることを要求させられる。何かに帰属したい。寄らば大樹の陰。

 

人間は本来、他者との関わりなしでは生きていけない。

 

親に米国型の個人主義の習慣がないのに子供にそのような個人主義が育つはずがない。身体の空洞化

 

人生には無駄な時間は不可欠であり、若ければそれだけ無駄な時間が多く過ごせる。無駄のない人生ほど無味乾燥な人生はない。

人生を豊かに過ごすという事は、社会の出来事にもっと関心を持って積極的に関与していく事だ。

ここでいう豊かさはただ単に物質的なそれを言っているのではない。

今の若者が失敗を恐れるのは、そんな豊かさの中で親から失敗への対処法を学ぶ事もなく、親も教える必要がないと思ったせいかもしれない。

 

傲慢と卑屈は裏と表の関係にある。

権力を持てばどんな人間も傲慢になる。権力もないのに傲慢な人間は、自分を錯覚して勝手に肥大化させているだけだ。本当の自分は十しかないのに、百くらいに肥大化させる。他人に対して傲慢な態度を取りながら、実はちっぽけな存在である事が分っているので、その裏に卑屈な心が生まれるのである。

 

文化を育てない経済は衰退していく。文化を育てる事が、とりもなおさず経済の活性化につながるのだ。蒔かぬ種は生えないのである。目先の利益だけを考えて長いスタンスでものを考えない経済人が多すぎる。

 

自分を信じる事は必要だが、自分を錯覚する事は危険である。

 

人間はどうしても楽をしたいと考え、楽なほうを選ぼうとする。だが、今楽な道を選ぶと、その分だけツケとして人生の後半にのしかかってくるのだ。人生のツケを先取りするのは至難の業だからだ。

 

物事は全て相対的なものであり、強い姿勢をとればとるほどその内部では益々大きな不安が膨れあがってくる。

きわめて不確かな未来を前にして、もっと一人一人がじぶんのこととして日本の進むべき道筋にたいしてはっきり声を上げて意見を言うべきだ。

 

金でなんでも買えるようになると、金は人間の欲望と切っても切り離せないものになっていき、権力とも密接につながっていった。

 

金は人間の感情や理性を全てさらけ出し、その人の人格がみごとに反映してしまう。そして、人生を左右するほどの力を持っているのが金だ。

金を儲けた人間は世の中にいっぱいいるが、金を持っていても使い方がわからない人がいる。金に対して強い執着心を持っている人である。「金持ち」といわれる人にこのようなタイプは多く、金儲けそのものが目的化しているのだ。

 

だいたい金儲けをしている人間は俗物なのである。きれいな手のままで金儲けした人間などいないと私は思うし、必ずどこかで手を汚している。一度汚してしまった手をきれいに洗う事などなかなかでくるものではない。

 

「おまえはこれまで友人に何かをやってあげたことあがあるのか」

やはり友情とはお互いに熱い思いがあり、相手のためなら一肌ぬいでもいいと思わせる関係でなければないだろう。互いの資質を認めて評価しあい、受け入れることができなければ友情は成立しない。

親友の付き合いはお互いの生い立ち、性格などを把握してないと成り立たない。利害関係があるかないかはともかく、親友と呼べる友人が一人もいないというは寂しいものだ。

 

土壇場まで目の前の厳しい状況と戦い続けるのはなかなか大変であり、それで事態が好転しないともう逃げる術がなくなってしまう。そうならないためにはたたかいながらもどこかで楽観的な心を持ち、いくつかの退路を残しておくのも必要な事だ。それも複数の退路を残しておく。要するに柔軟性ということである。

 

僕は荷物になるものを一つずつ捨ててきた。肉親、虚栄心、金、書物、最後の砦だったなけなしの自尊心までどぶに捨てた。お陰で身軽だ。いまや何の未練もない。

 

人間はいつかは労働と真剣に向き合わなければならない。働くということは人生そのものであり、人間はさまざまな職業で生きる糧を得ながら生涯を送る。

労働の喜びは創る喜び、達成する喜び、自分の能力を確かめる喜び、社会に貢献する喜びである。

 

若い人たちの中には、企業に勤めながら、音楽が好きであれば仲間を募ってバンドを組み、仕事がオフのときに演奏活動を展開するなどの動きも見え始めた。若者世代が生き方に対して幅広く考えるようになってきたことはいいことだと思う。企業の中での労働に埋没して思考停止状態に陥るのを避けるためにもこのような考えは必要なことだろう。

 

倫理観、道徳観などは権力側が自分達に都合のいいようにつくってきたものだ。

人間性というものは人生の中で絶えず崩壊したり再生したりするものである。一貫して人間性を貫き通せる人は極めて少ないし、とかく過ちを犯すことが良くあるのが人間なのである。

 

人生の時間は絶えず再生の可能性があるのだから、本当にやりたいことがあればいったんは捨ててもまた再開できるはずだ。そこに新たな可能性が生まれる。

自らの運命に楔を打つことは、時代の流れにあえて逆らうことである。いいかえれば、流されていく自分を流されていないようにすることである。

 

自分の過去や記憶を自信に都合よく拡大解釈してしまうと、他者に対してきちんと向き合う事ができかくなる。そうならないためには自分や自分を取り巻く社会などあらゆる物事に対して、常に等距離でみることのできる批評精神を養うことである。

 

人間の意識の変革は簡単にはいかないものだ。自分では変わったつもりでも、本質的に変革をとげるのは至難の業である。

 

 

 

 

 

8/31/2007

これからの運命傾向 8/9/2007

和太郎くんの占いメモより、

これからの運命傾向 8/9/2007

2007年は2006年の変わってきた状況に応じて、個々のシステムやコンテンツ、流通の完成度が問われている。理想と現実のギャップの中で、出来ることから、長く続けていける業務、本当の意味でやりたい業務に改善していく必要がある。

この44歳から54歳にかけての運気は、確かに今までのシステムや信頼してきた組織のパイプは細く、薄くなってきている。よって、少しフィールドを広げて協力・信頼関係を築けるブレイン・スタッフをはっきりさせていくことが重要になる。

2008年は大きな変革があり、2009年は本音として進めていく人や縁に落ち着いていくだろう。


(近い未来について)

妻の事や場所など、何かひとつ力のある場所(パワースポット)と繋がってコミュニケーションを広げる必要あり。

また、妻の心情、不安多く、修復する必要あり。

少し孤立している時にあれば、人との縁を少し広げて情報をふくらましていくことは必要。


大阪発の飲食系は求め過ぎなければかえって良い。野心を抱かず進むが良し。

音楽葬関連は、北方面を求むるが良い。

マネージメントについては、手前に障害あってゆっくり進むことになる。急がば廻れ。儲けは後からついてくる。


吉凶転換の日

8/13,8/25,9/6,9/18,9/30,10/12,10/24,11/5,11/17,11/29,12/11,12/23,1/4,1/16

この日に会うべき人に会うこと、先祖供養、神仏祈願すること、

やるべきことをやること、この日を活かすべし。


鹿島神宮、香取神社、神栖神社


知恵と客観性とヤル気

リスクと責任を取ることで知恵が出る。

高学歴は劣等感が少ない

メモ魔 ・学んだこと・感じたこと・ルール化したこと

ついている人、与え好きの人、全力投球

幸せ(自己)と成功(他者)の為に人は生きる。

好きな人に会うと人相も良くなる

引き算より足し算の生き方

我々の心は異常事態で暮らしていると、間もなく、それに慣れてしまう。適応のメカニズムを持つ。

パニックが過剰自己防衛であるのに対して正常性バイアスは虚構的自己防衛である。

日本や米国では、災害時に避難命令が出ても実際の避難者は5割を越えない。

打つべき手は打つ。

発想を柔軟に。ますます競争は激しくなる。

あたまの固いプロよりも先見性のあるアマチュア

意思決定の遅れは致命的。

自分を表現する100個のセンテンス


2010年から2015年より、地球の気温は急激に冷える→氷河期への突入

基本的生命力

本能の力の低下、情念の枯渇

情念は、その要素に性欲・食欲、攻撃的本能。→真に鍛えたタフな本能の力


わからないことはしない。

自信のないことはしない。

責任の取れないことはしない。

やりたくないことはしない。

世のためにならないことはしない。


ウソはつかない。 

安いモノは買わない。

相手の立場でモノを考える。

言動が一致しているか?

責任を転嫁してないか?

言い訳をしてないか?

感情的な反対か、理性的な反対か?

聞き上手に勝る話し上手なし。

怒らず恐れず悲しまず

正直、親切、愉快に!!


8/20/2007

いのちの力 望月勇





いのちの力 望月勇


トルコからインドへの旅の途中も、腹の立つことが多くて、いつも心の中で人々を批判ばかりしていました。
その結果、人々からあまり印象のよい待遇を受けませんでした。むしろひどい仕打ちを受けました。
人々からだけではありません。犬や牛や、はたまたバスや汽車やホテルまでもが、私に反感を抱いているように感じられたのです。

だいたい、最初に感じたことを無視して行動した後に、「あの時、最初に思った通りにやっておけばよかったのに」と後悔することが、案外多いのではないでしょうか。

執着する物を手放す

病から抜け出す方法とは、潜在意識からネガティヴな思い込みを開放することであることを学びました。

自分の体を非難すると、非難した部分から仕返しを受ける

怖いと思う気持ちが、怖い状況を作ってしまう

今現在は、将来の原因、将来は、現在の結果であることに気付いた人は、よりよい将来を望むなら、今をより生きる生き方を選ぶことでしょう。

スポーツでも、楽器の演奏でも、くり返し反復練習を積み重ねることによって、上達してゆくのです。
それと同様に、願望を現実化するには、くり返しイメージすることが最も重要なのです。くり返すことで、そこに宇宙の無限の力が働いてくるからです。

いったん、心に願望を思い描いたら、よほどの理由がない限り、途中でその想念の計画を変更しないことです。
あなたの心に思い描いた願望は、あなたが眠っている間も想念の波動となって、宇宙へ働きかけられています。
そうして働きかけられた宇宙の無限のエネルギーは、徐々に、あなたの願望を現実のものとするように宇宙を動かしてくれます。

私は、自分の死のことについて、いつもこんな風にイメージすることにしています。
元気で長生きして、ボケなくて、自分のことは自分でできて、なおかつ、周りの人のことも少しはしてあげられる。
そして、亡くなる二日前に、ちょっと老化現象がでて、「ああ、もうすぐあちらの世界へ行くのだな」ということがわかって、身の回りを整理し、布団を敷いて寝る。
この世の死は、あの世へ生まれること、あの世の死は、この世へ生まれること、と思う。すると、落ち着いてくる。
そして、リラックスすると、脳にベータ・エンドルフィン(脳内麻薬)が、いっぱいに分泌される。
すると、恐怖心が完全に消え、素晴らしく心地よくなって恍惚とした気分であちらの世界へ旅立つ。
誰かが、よく眠っているな、と思って枕もとへ来て見ると、すでに大往生を遂げていた。
と、まあこんな風に、勝手にイメージしています。

人体の右半身がプラス(陽)で、左半身がマイナス(陰)です。
また、上半身がプラス(陽)で、下半身がマイナス(陰)になります。
腕でいうと、右手はエネルギーが出て行く方で、左手はエネルギーが入ってくる方です。
目では、右目からエネルギーが出て行きますが、左目からは、エネルギーが入って来ます。

思い言動が違うと、体がゆがむ

願望を話すと、言葉で成就したことになり実現しにくい

自分の願望は、志を同じくする数人の仲間になら話してもよいと思えますが、なるべく黙って胸に秘めておくべきです。
その多大勢の人々に話してしまうと、その話した願望が現実化する一歩手前で、言葉の世界で実現したことになり、現実にならないことがあるからです。

朝起きた時にはよい言葉を、夜寝る前には心をきれいに

「人間は、この宇宙では、わからないことの方が、圧倒的に多いのだから、よほど自分で確信がない限り、相手の言ったlことを否定しないことです。否定すると、自分の器量が狭くなります。器量は、相手をゆるし、認め、受け入れる心の広さと考えれば、あなたの上司は、いつも、あなたの言うことを否定しているために、段々器量が狭くなったのですね。たとえば、五人分の器量しかない上司には、五人しか部下がいないはずです。現に、あなたも、その部長についていけなくなっているではないですか。

とにかく、どんな問題であろうが、自分の人生で起きてくる問題は、最後は、自分が決断するべきです。
たとえ、その選択が間違っていたとしても、それを自分が選択したことで、自分が自分を生きることになり、そのことで今、生きている実感が得られ、その実感が生きている証になっていくのではないでしょうか。

人間は、表面では、個々一人一人独立していますが、心の深い所では、一つにつながっているのです。
すると、自分を卑下し、自信を無くすと、相手の心は自分が卑しめられ、見下されたと感じてしまうので、そんな相手に対して反発してしまう気持ちが出てくるのだと想います。したがって、彼女の、自分を卑下し、自虐するという心の持ち方が、無意識のうちに、相手に不快で、生意気で、横柄な印象を与え、そのために反発をまねく結果になっていたのです。
反対に、自分を大切に、自信を持っている人は相手に好感を与え、話し方や動作に謙虚さを感じさせます。自分を大切にする心が、そのまま相手の心に通じているので、相手は自分が大切にされていると感じるのです。ですから、自信のある人は周囲から大切にされ、尊敬されることになるのです。

自分で見よ、自分で考えよ、自分で生きよ、でした。
実際、日本人は、誰かが大義名分を唱えると、誰もがすぐそれに賛同してしまう傾向があります。
自分で考えるよりも、皆の意見に同調した方が、確かに楽ですが、それは自分の生き方を放棄していることと同じです。

武道家や気功家は、みんなそれぞれ自分の型を教えますが、覚えたら、最後にはその型を捨てなければなりません。
あなたが形や型にこだわっているうちは、本当の進歩はありません。
そのこだわりを捨てた時、あなたは、初めて内的世界の広がりに気づき、次元の異なる世界の入り口に立つことができるのです。

心の中で、日常的に、無意識に、子供の短所を批判していたことに気が付いた人は、どうか意識的に、心の中で批判をやめてみてください。そして、その代わりに、長所を見つけて、褒めてあげてみてください。
すると、私たちは、子供が、確実に変わってゆく姿を目撃することになるでしょう。
さらに、私たちは、輪廻転生という考え方を、受け入れることができれば、こんなふうにも考えることができるのです。
つまり、私たちの子供は、理由があって私たち両親を選んで生まれてきたというのです。
私たちは、あらゆる体験をするために、生まれる前にシナリオを作って、生まれてきました。
宇宙の何か偉大な力が、私たちを通して、あらゆる体験をするために、今、現在、ここに存在するのです。
もし、あなたが、あなたの言うことを聞かないから、という一方的な理由で、自分の子供に不満を持つようなことがあったら、あなたの心の中で、次のように祈ってみてください。
「息子(娘)よ!私たちを選んで生まれて来てくれて、本当にありがとう、感謝します。あなたが、これから最善の人生を選択して歩むことを、信じています」
祈りには素晴らしい力があります。子供のことで悩む時間があったら、是非、このように祈ってみてください。


三木成夫(1925年~87年)氏は、東京大学医学部を卒業し、東京大学解剖学教室、東京医科歯科大学解剖学教室を経て、東京藝術大学教授を務めていた学者(医学博士)ですが、彼は、人間の心(魂)は頭(脳)にあるのではなくて、内臓にあると主張しているのです。