つか版 誰がために鐘は鳴る つかこうへい
女を辱しめず裏切らない人間をスターという。
『冬のソナタ』のペ・ヨンジュンも、『ローマの休日』のグレゴリー・ペックも、誠実であり続けようとする。
なぜならスターは、強気をくじき、弱きを助ける正義の味方でなければならないからだ。
韓国では、どのような理由があるにせよ、兵役に行っていない男性は貶められる。
イ・ビョンホンは義務を果たしたが、公益勤務要員ということで6ヶ月に期間短縮され、チャン・ドンゴンもまた気胸という病気で免除されている。兵役に行かなかった者に対して、人は彼らを「腰抜け、卑怯者」と差別する。
ペ・ヨンジュンもチャン・ドンゴンも、その差別の中で生きてきた。
その中で彼らは、必死で不動のスターへの道を模索し続けている。
だからこそ、いま毅然と輝いている韓流スター達の微笑の中に、孤独を見る。
彼らの微笑みの裏には、決してこの社会に完全には受け入れてもらえないという、諦めからくる寂しさがつきまとっているように感じられる。
儒教の国・韓国では、学問を重んじ高学歴であることが重要視される。
そして俳優という仕事は国民にとって自分達の代表であり、高学歴・高身長・鍛え抜かれた肉体・人柄と、完璧さを求められている。
ペ・ヨンジュンは芸術家と呼ばれたかったのであろう。映画好きな韓国の中にあって、知性ある役者と呼ばれたかったのであろう。
が、映画というものは大衆が楽しむエンターテイメントであることを忘れてはならない。
彼女たちは芸術を見たいのではない。夢を見たいだけなのだ。
私はペ・ヨンジュンに、若い娘の将来のために入れ歯をはずさせるような、そんな男気を持つ人間に成長して欲しいと思う。
ペ・ヨンジュンなら、きっとなれる。
なぜなら、スターは相手を、ファンを思いやる心の深さのことであるから。そして、スターの華とは、男気のことであるから。
誠実に生きていこうとするサラリーマンが死ななければならないアメリカ。
アメリカは、心の美しさを鍛えず、『見栄ばかり』鍛えてきたから腐ったのである。
エリザベス・テイラーは、「子供を堕ろすくらいなら、死んだほうがましだわ」と古き良きアメリカ女の心意気を見せていた。
「ペ・ヨンジュンは、威張らないって。偉そうにしないから、日本の女達が、魅かれたと」
「それに日本の亭主たちって、奥さんに対して威張って恩着せがましくするじゃないですか」
「恩着せがましい」
「女って恩着せがましくされるのが嫌いなんですよ。やれ『家買った』『不自由のない暮らしさせた』そのうえ自分は会社の若い女の子と浮気しといて、『定年になったから面倒みろ』『ボケたお袋の介護頼む』。これじゃ女達だっていい加減頭にきますよ」
作法とは人を思いやること、やさしさとは人に恥をかかせないことだと知ったんですよ。
「私も思うんですよ、弱い者の視点で物を見なきゃいけないんじゃないですかね、文学とか芸術とかは。
ペ・ヨンジュンって人はその弱い人への優しい目線があると思うんですよ。」
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