投機学入門【不滅の相場常勝哲学】/山崎和邦
ギャンブルは、客観的に見ての確率が二分の一またはそれ以下のものに主観的判断で利があるとして投ずることを言う。したがって、本人は二分の一とは思っていない。勝率八~九割だと思っている。だからギャンブラーの物の見方は客観性が乏しい。それを承知でやっているのがプロのギャンブラーである。それに気付かずにやっている「ギャンブル常習者のキャラクター」・・・・。
日本では、立派な学者は投機などするものではなく、また、投機をする人は少し怪しげな連中であり、経済学者ではないと思われているふしがある。しかし、欧米では違う。マーケットで本当に儲けてみせる人こそ大経済学者なのだ。また、そういうことのできる人物こそ教養人なのだ。
投機で儲ける人は、一言で言うと本当の意味での教養人である。ここで言う教養とは日常生活や人生のあり方に対する真摯な態度であり、ある目的のために必要ならば禁欲もし、怠惰や放漫を抑え、自分を律して行動の目的整合性を堅持していく生活態度だ。
アメリカのフォーブス誌が投機で儲けた人々の人物像を紹介したことがあるが、彼らは皆、儲けたお金を湯水の如く使えるはずなのにそうはせず、質実剛健に生きてマスコミを避け、「自由」を求めて自律的に生き、揃って読書家だったという。
投機家とは、法令遵守や品行方正は当たり前のことで、紳士とは計算してリスクを取る人のことなのだ。
お金は物を買うためのものではなく、精神の自由を確保するための糧である。「やりたいことをやれる自由、やりたくないことをやらないでいられる自由」である。
投機とは、「機というある一点において、不確かな情報のもとで的確な判断をなし、合目的に全知全能を集約させる意欲的、情熱的行為」なのである。ひらたく言えば、あるチャンスを勇気を持って判断して捉え、それに向かって本気で、全力を投ずることなのである。投機の精神と言うのは、マーケットの実践に関するだけでなく、広く日常生活の効率的行為の論理であり、能率的行動の実践の倫理であると言えるだろう。
賢者はベーシックな仕事を持った上で投機する。
酒量を控えて冴えた頭で灯火に読書三昧の時を過ごす。そして次の機会を待つ。これが投機家というものだ。
株価はすべてを先見(三ヶ月~八ヶ月)している。
株式市場は、将来生じる大変化に半年か一年の時空を飛び越えて先行し、万人の眼前に、事前に示現して見せた。
投機で成功している人が必ずしも自分自身を完全に知り尽くしているわけではない。しかし彼らは、自分の直感したことと異なっていれば、直ちに投機行為を撤収する行動力を身につけている。つまり、自分の砦の中に引き返すことができるのだ。これは行動力という部類に属するものだが、これまた貴重な自我なのだ。己を知ることなしに株式市場に走って証券マンの勧めるままに売買し、後で証券マンを恨むのは筋違いというものだ。恨むなら、「己を知らなかった己自身」をこそ恨むべし。
嫉妬とは、自分が持っていない富、権力、能力を他人が持っていることに対する憎しみの感情である。この感情は他の感情と違ってまったく不毛のものだ。何も生まない。すべてを枯らす。
『君主論』も、善玉悪玉を問題にするのではなく、善玉でも悪玉でもパワー(人に対して自己の意思を実現させる作用力)のある者の用い方を工夫すべきだと説いているのだ。用いた結果の効果のあり方が大切である。だから、「悪玉のパワーをよい目的のために利用する」という意外な発想が出てくる。
ポール・ハーシーとケネス・ブランチャード共著「行動科学の展開」のなかで、パワーの定義として「他人に対して、自分の浴することを行わしめる力」と定義している。また、彼はそのなかで、リーダーシップの源泉はパワーにあると説き、そのパワーを7つに分類した。
1、人格、人柄に拠っているパワー
2、専門的技能、知識に拠っているパワー
3、情報力のパワー
4、恐怖と規制力のパワー。リーダーがこのパワーを発揮しないことをフォローワーは望む。
5、特定の人脈とのコネクションから生ずるパワー
6、褒章力のパワー。必ずしも金銭的報酬とは限らない。評価する、認めてやるなども含む褒章力。”士は己を知る者のために死す”などはこの極致。
7、制度上、正当と認められる地位により発揮されるパワー
とかく世間は、リーダーシップは「よいもの」で、権力は「悪いもの」としがちである。だが、リーダーシップとは、権力の源泉として一種の表現形態なのであり、力量などの表現であるパワーを淵源とするワザなのだと考えられる。
通常、権力とはいやな響きを持つ。だが、これは「むきだしの権力」に対する印象であって、現代の権力はこんな幼稚なものではない。「権力は存在しないと信じられているほど権力者にとって有利なことはない」ことを知っている権力である。
必然と偶然の区別、予知能力と運との区別、これらは、知識・情報・知性などの程度により、偶然は必然となり、運は予知能力内のことならないものか、という挑戦が生ずる。この挑戦意欲の少ない者は、全てを運や偶然のせいにして、自分の怠慢・努力不足ゆえの損を自ら慰める。
ケインズは株式投資によって60億円相当を儲ける前に何度も大損をした経験がある。このとき彼は、投機したことや損したことを悔いたのではなく、偶然の働きを事前に見抜けなかった自分の知性の低さや知的怠慢を悔いたのだ。彼が蔑んだのは投機で大損した人々ではなく、知性も努力もなしで投機をする人々であった。
KKD(経験・勘・度胸)と言って、これらを現代的O/R(オペレーション・リサーチ)の世界では軽蔑しているが・・・・、
本当は極めて重要で、投機する人はこれを養うべく日々精進する必要がある。また一方ではO/Rの考え方、数学的方法も同じくらいに大切なのである。どちらが重要かということでなく、相互に補完し合う関係である。
日本の経済力を悲観して、時代の趨勢的変化と長期衰亡とを混同するような人は投機家には向かない。
再び繰り返そう。日本国を悲観しないという基本的な人生観や史観に支えられて、常に買い手であれ。「投機家に厭世主義者はいない」「アメリカを売って成功した投資家はいない」「世界に、悲観の資本主義というものはない」「筆者は言う。「常に買い手であれ」と。
大損を回避するための10項目自己判断チェック
1、人の情報や説を鵜呑みにする人
「鵜呑みは長良川の鵜に任せよ」
2、信念に固執する人
「信念を説くのは新人研修の教室だけにしておけ」
3、ズボラな人
「小利口じゃできない、バカにはできない、ズボラな奴にはなおできない」
4、 意地を張る人
「張るべきものは相場であって、意地でもなければ障子でもない」
5、自信家の人
「あ、危ない。その自信が大損を招く」
6、夢を語って歩く人
「ここは受験予備校じゃない。夢は賭場の外で語るべし」
7、悋気・嫉妬する人
「般若の面が嫉妬の顔だ。よく見よ、これが成功するか」
8、相場と戦う人
「胴元は人にやらせておけ」
9、成功に酔う人、驕る人
「驕るなよ、丸い月夜もただ一夜」
10、それは自分である
「そういう俺もあと一歩でヤバイ。ヒヤヒヤ」
本間宗久・三位の伝
「わが三位の伝を体得せんと欲せば、迷うて、迷うて、迷い抜くべし。その迷い抜きたるところ、それ即ち三位の伝なり。」
「儲ける者は、語らず。語る者は儲けず」
「投機家にとって最大の敵は無知、欲、そして恐怖と希望の感情である」
「相場の醍醐味は自分の予想が正しいことを、自分の頭を使った作業の結果が間違っていないことを確かめることに尽きる」
「ゲームの目的はお金ではない。モノを買うためでなくゲームに勝つためのお金なのだ」
「いつやめるかを知っている者は天才である」(ゲーテ)
「人生は長い。よって遠くまで行け。そして世界を見よ」
投機家にとって必要不可欠な資質は、鋭く深い思索を重ねることができるかどうかである。
投機活動中の不安や緊張に耐え、自分を律し、怠惰や放漫を避けて自分の言動の目的合理性を堅持していく。彼はこうした自律生活に興味があり、投機で得た巨富を贅沢な消費に使うというようなことはまったく興味がないようである。ソロスの生活態度は、日本剣道や欧州最強といわれるハンガリーに伝わるマジャール人伝来の騎士道精神か、またはソロスに流れるユダヤの血が持つDNAたる目的整合性の精神が強く前面に出ているように感じた。
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