1/19/2008

時代の寵児 核心 田勢康弘











時代の寵児 核心 田勢康弘
時代はいつも寵児(ちょうじ)を追い求める。寵児は聖人君子であってはならない。どこかに怪しさ、胡散(うさん)臭さを引きずっていなければ寵児にはなれない。怪しさゆえに魅力的で、それゆえに舞台から引きずり降ろされるときは完膚なきまでにたたきのめされる。


「脱偽善だと思う。ほとんどの偽悪に近いが、建前ばかりの偽善より、失うものがないようなストレートな物言いのほうが受ける。その点では小泉首相も同じだし、日本経団連に入れたのはミスった、と発言した奥田碩会長、そしていまはやりのお笑いまでみなそうだ。民主党がうけないのはその逆で偽善的だから」

偽善を脱して本音で生きようとする姿勢を変えない限り、希代の寵児が再び表舞台に登場することもあるだろう。その可能性を閉ざしてしまうと、あとに続こうとする若者たち、日本を変えようと挑戦しようとする人たちから勇気を奪ってしまうことになる。挑戦しようとしているおびただしい数の人々の士気を阻喪してはならない。

1/18/2008

岡部弘(デンソー会長)







岡部弘(デンソー会長)

識者が指摘する平均的イギリス人の生活態度は次のようになる。
伝統的で質素な食生活に満足し、

ゆとりある田舎暮らしを楽しみ、

古い家具や生活用品を使い続け、

お金はあっても理屈に合わない使い方はしない、などなど。

まことに簡素で地味な暮らしぶりと言える。

これに対し日本はどうか。

豊かな食材と健康に気を使った食事。

常に周囲の目を気にし、古いものは捨て新しい家具や生活用品に取り替える。

お金をかけた観光地への旅行を好み、人との付き合いにも多くのお金をかける、などなど。

その結果、仮に月二十万-三十万円の年金と二千万円を超える貯金を持っていても、多くの人々が老後の生活に不安を持つ。

モチベーションマネジメント????








モチベーションマネジメント 小笹芳央


目標を達成する人、成果を上げる人に共通して言えることは、皆自分の夢や目標が明確であり、それを実現するためのシナリオを持っていることだ。そして、そのシナリオを自ら演じることができるのは、言うまでもない。つまり、成功した自分の姿を鮮明にイメージすることで、そこに至るプロセスや行動まで決定付けることができるのである。



ワーキングスタイルは次の8項目

1)圧倒的なクオリティを実現する
2)世の中の3ヶ月はLMIの1年
3)オープンなコミュニケーションを実践する
4)ゼロリセットの勇気を持つ
5)ゴールからさかのぼって「今の行動」を決める
6)フレームワークを重視する
7)ロールプレイング(役割演技)を楽しむ
8)ゲームのように仕事を遊び、そこから学ぶ

長野峻也先生のブログから








長野峻也先生のブログから
http://yusin6.blog77.fc2.com/

Q,「重心移動のやり方がよく判りません」
A,「実際にセミナーを受けて戴くのが一番。それが難しいのでしたらDVDを購入して戴くのが良いのですが、それも不可能でしたら、『あなたの知らない武術のヒミツ』の発勁の打ち方の解説箇所にイラストと写真で重心移動の基礎的やり方がありますので、それを参考にしてください。サンドバッグを打って確認できれば一番良いのですが、友達に厚いクッションを持ってもらって打ってみるという方法が重心移動ができているかどうかの確認では一般的です。ただし、この場合、三人でやって、一人は押し飛ばされる友達が転んで怪我をしないように待ち構えておいた方が良いでしょう。安全には十分、注意してください」

Q,「丹田の回転、丹田の感覚を指先まで延長するとはどういう意味ですか」
A,「丹田の回転は、スワイショウの動作がそのまま当てはまります。これが横回転です。その他、縦回転と8の字回転も当会ではやりますが、まずはスワイショウだけで十分でしょう。骨盤を左右に捻って戻す・・・という動作に合わせて脱力した腕が振り回される時、丹田の感覚が指先まで達っすることになります。しかし、これは"感覚"を利用したものではなく、単に身体操作で動いているだけなので、スワイショウの動作の時に骨盤が動いている様子をしっかりイメージして身体感覚を高めていく必要があります。それが骨盤の動くのに合わせて背骨が動き、肩甲骨から腕、指先へと連動していくイメージを持つ訳です。この身体内部の感覚は、最初はイメージで思い描いていかなければ生じてくるのは難しいものです。この点は、重心移動について質問されている方にも言える点ですが、イメージ力の乏しい人は、このような身体の内観的訓練法を独習するのは少々難しいでしょう。一度、実際に体験されるのが早いでしょう。経過がはかばかしくなければ御検討をお勧めします」

Q,「故・佐川幸義翁の合気(力抜きと飛ばし)の原理も是非解明してください」
A,「真壁師範代が既に回答したと報告を受けておりますが、私の考えも回答しておきたいと思います・・・。亡くなっておられる方の技の原理を解明するのは不可能ですし、師範代が既にお答えしている通り、その門下の者でもない人間が"解明する"と称するのは無礼千万だと思います。基本的に、私も師範代が答えた内容に同意見です。失礼ですが、貴方は武術・武道の世界の礼儀の意味を知らな過ぎます。もちろん、私は武術の研究家という立場上、一般公開されている情報を分析して技術の原理を解明しようとする者ではありますが、だからといって、『これが佐川翁の技の秘密である』と書いた解説本やDVDを作って売ったりしたら、それは完全に"故人の名声を利用して詐欺行為を働いている"ことにしかならないと思うのです。佐川師範の名声は武道メディアで業界に広く知れ渡っており、亡くなられてから、技術分析して講習会で教えたりする人も何人かいた様子です。しかし、これは、その本人が自分の工夫を"佐川ブランド"で権威付けして人を集めているみたいで、私は感心しません。悪気の有無にかかわらず、そのような恥ずかしい真似をした人物を、まともな武道修行者は相手にしないでしょう。貴方に悪気が無くとも、私も金儲けのためには手段を選ばぬ山師の同類だと思われているみたいで、正直、不愉快に感じさせられます。佐川師範の技を身につけたければ、佐川一門に入門して一から修行するのが当然のことでしょう。佐川師範が亡くなられても、その門下の師範方は活動されているのですから、それは不可能ではないのです。それが筋道を通す大人の男のやり方だと思います。また、そうすれば、いかに原理が解ったところで、それを具体的に体技として駆使するのは全く別のことであるという真相がお解りになるかと思います。また、誤解の生じないように書いておきますが、私は純粋に技術分析として佐川師範の体の合気を
"恐らく、こういうものでは無かったか?"という所感は何度も述べていますけれども、それは私が知り得た情報の枠内で推測して書いたまでのことであり、私自身は全く別のアプローチで、"私なりの武術理論に沿った合気技法"を探究していくつもりです。斯界の道を拓いてくれた先人諸師に敬意を払う気持ちを持たない者に、研究家を名乗る資格は無いと考えております。どうぞ、軽佻浮薄なブランド意識を改められ、武の本質を考えられますよう、願っております。私自身、研究家として自分の発言の影響に十分に注意しなければならないな~と反省させられました」

1/17/2008

スローガン








スローガン

「他人を感化して、その潜在的な力を完全に実現させる」
「人や組織を感化して、その潜在的な力を認識させ、完全に実現させる。そして、人生において価値ある目的を達成させるために、彼らの有益性を高める。これにより、また指針となる自然の原則や価値観と調和して生きることにより、自分自身の潜在的な力も発展させる」


指針となる原則

1.自分自身に誠実になる
2.確固とした高潔さをもって、仕事と私生活を管理する
3.自ら行動をもって、道徳を追求する
4.信頼と尊厳を基盤にした、長期的な人間関係を築く
5.人格と能力を発展させるために、絶え間なく努力する
6.自分のことを理解してもらおうとする前に、他人の信念や価値観を理解するように努める
7.他人の成功を促進することで、自分自身の成功を得る


価値観

正義と公正:すべての人は人間として平等に扱われる権利がある
勤勉と規律:自分の人生を正さないで、他人を尊敬したり評価したりはできない
高潔と誠実:自分自身と他人に対して約束を守り、他人を欺こうとしない
自制と穏健:自分のためにならないことにかまけず、不愉快なことに過剰反応しない
節約と節制:稼いだ金額より多くを使わず、無駄を出さない。すべての活動がその本分をまっとうするようにする
沈黙と平静:自分の意見を大切にし、つまらない会話を避ける。一般的な、または避けようのない障害に惑わされない

1/16/2008

新大学教授になる方法 鷲田小彌太









新大学教授になる方法 鷲田小彌太

大学教授を目指す人に大声で知らせたい10の裏技

裏技1→敵を作らない

裏技2→指導教授のワークス(研究業績)の上に自分の成果を積め

裏技3→周囲の研究者の論文を読め

裏技4→研究誌を作れ

裏技5→有力者を顧問にせよ

裏技6→“裏付け”はしっかり

裏技7→配偶者の選択を誤るな

裏技8→両親に堂々と援助を乞え

裏技9→頭の休息には本を読め

裏技10→生活は規則正しく

 


国立情報学研究所
http://jrecin.jst.go.jp/


関口先生がいうには、肉体労働の価値(価格)は量(労働時間や出来高)で決まる。知的労働の価値は「何か」(漠然たる目に見えない、手に取れないもの)で決まる。


私は、人間にはいろんな生き方があっていいと思います。いろんな生き方を許す社会がいい会社だと考えます。
アメリカは、自国中心主義であり、貧富の格差があり、人種差別があり、治安が悪く、麻薬と犯罪の社会です。そんな社会に住みたくないですね。私もそう思います。でも、それは一面でしょう。アメリカのよさは、なによりも、チャンスの多いことです。選択肢がたくさんあります。意欲のある人にとっては好ましい社会に違いありません。人間のもっとも大きな幸福感は、自分の好きな仕事を心おきなくすることができ、それが相応に評価され、より自分の望むべき仕事へと拡大してゆく道が開かれるということではないでしょうか。


あらためて確認してください。なぜ大学教授になろうとするのか、と。
私は、どういう動機で大学教授になろうとしても、それはいいと思っています。
①研究と教育に心おきなく没頭できる環境を得ることができる。
②週休3~5日。夏、冬休みがたっぷりある。留学もできる。時間的余裕がある人生を送ることができる。
③定年が遅く、体力を要せず、高齢まで安定した地位を確保できる。
④弱肉強食のビジネス世界とは違う、競争原理一辺倒ではない、より人間的な世界が大学にはある。
⑤教えることが好きだ。学生に私の情熱をぶっつけたい。
⑥大学教授には社会的ステータスがあり、医者や弁護士同様、世間体もいい。
⑦言動に関して個人的自由がより多く保証されている。一種の自由人として生きることができる。
⑧苦労して育ててくれた両親、あるいはつれあいが喜ぶ。
⑨小説家でも駄目だった。評論家は無理だった。ジャーナリストでは中途半端。フリーランサーはしんどい。でも語るのが好きだ、書くのがいやじゃない、大学教授には語り書くチャンスも、暇もある。

1/15/2008

中田英は語る








中田英は語る。2006/3/09日経


「他人のマネをするということは、自ら考える必要もないだけに実はとっても楽だし、言い訳もできるため、責任を感じることも少ないように思います。しかし、それを続けていくと、どんな経験をしても『・・・・・・のおかげ』 『・・・・・・のせい』になってしまう。逆に自分で考えて行動したことは成否にかかわらず必ず自分の糧、経験になる。それにはすべての行動、言動に対して自己責任が出てくるわけで簡単なことではないと思いますが・・・・・・」

 何事も人任せにしない中田英は「一知半解」を嫌う。
「自分で考えるときには、できうる限りの情報を集めてよく吟味してから答えを出す必要があると思っています」

「重要なのは、周りの意見等をしっかり吟味して最終的には自らの意志で決める、ということだと思います。その決めたことが他の多くの人の普通と違うと、大きな反発を受ける可能性もありますが、それは常にあることという前提で行動しているので、あまり気にならないです」

ストレスのない人生のために









ストレスのない人生のために単純ですぐできる 7つの習慣


世界中の金を溶かしてひとつの金塊にすると、全部で8部屋の家にすっぽりおさまってしまう。
何十億ドルの価値に相当する金をすべて持っていても、君は、友人、性格、心の平穏、
清い良心、永遠の悟りを買うことはできない。
                        ―――チャールズ・バニイング(1842-1911)
                                          アメリカの哲学者


昔の友だちは良かった
学校時代の友人のほうがずっと義理堅く、素敵で親切で、いつも連絡をとっていたと、今の友だちに
言ってあげなさい。友だちはあなたの正直さを喜んで、すべてについて完璧を求めようといっそう頑張る
でしょう。
彼らは改善する機会が得られたことを喜ぶでしょう。そうしたら、同じ理屈つまり、過去がすべて未来に
勝るというあなたの哲学のおかげで、友だちでなくなったときに初めて、完全な友人になれることを言って
あげるのです。


過去は私たちにとって安全地帯で、未来は危険地帯なのです。ですから、未来に背を向けて昨日の
ために生きることは、たいへん意味があるのだとわかるでしょう。
将来には老化と老衰、病気と死が待ち受けています。過去には誕生と青春、健康と熱気、遊びと
楽しみ、活力と熱狂があります。昔は良かったのですし、未来は悪くなるのみです。


未来主義者が私たちに求めることは、ただ効率と成功であり、生産的かつスマートでケチなことです。
私たちはそんなことは求めません。グズで気ままで、楽しいことを探して、幸福でありたいのです。スマートで
あるよりも、太っていたいのです。


かっこよくスマートな生き方は排し、だらしなく、自分らしい生き方をしたいのです。恐怖にせきたてられて
行動するのはやめて、恐怖を感じたら尻込みすることにしましょう。魂のためにチキンスープはごめんです。
かわりにおいしい紅茶を飲みましょう。子供、イルカ、ビスケット、恐怖、怒り、両親、ハート・スペースと
いった内的なものと触れ合いたいものです。ファーストフードや上品なテレビはいいものです。無能で、
のろまで、役立たず、弱虫で、なまけものでありたいのです。世界を支配したいのですが、それも控えめに。


「携帯電話を持ったサル」からおさらばしなさいと提案します。技術の急速な進歩に追いつこうとして、
つい便利さに惑わされ、結局は自縄自縛になる。効率的だと思いながら、実は身のまわりに記憶の鎧を
何重にも重ね着している。時計も外しなさい、そして時間の束縛から自由になりなさい。それが本当の
生き方であると著者は訴えるのです。
ひとまず裸になって、幸福を探してみよう。そして自分の心のに従って生きようというのです。それには
「効率を捨てた暮らし」、「嘘をつかない生き方」、「相手にノーと言わない付き合い」など、素直で効率に
惑わされない自分を育てなさいと、日常生活の中での実践的な方法を紹介しています。

1/14/2008

加藤登紀子







ちょっと古いが、

加藤登紀子・夕刊文化「飾らない言葉 原点に」日経新聞 2006/05/17


私のコンサートで最近、おやっと思う現象が起きています。観客で最も多いのは私と同世代の人。
でも次はストンと飛んで二十代の若者なんです。自分よりずっと年下の若者が来てくれるなんて、なかった。
公演後に観客から回収するアンケートを見ても、全体の三分の一が若者からのものです。
これまでは三十枚あれば、二十代のは一、二枚だったのに。

また、興味深いことに、アンケートを読むと、歌詞に触れた記述が多い。歌詞の裏側に秘めた作り手の
思いを読み取ろうとしている。ステージで歌っていても、聴きどころの歌詞にさしかかると、同世代の人たちに限らず、若い人も引きずり込まれるように聴いています。

私の友人には二十代から三十代の人も多いけど、彼らはこう言います。私の歌だけでなく、浜崎あゆみさんなど最近の若い歌手の曲でも、メロディーではなくて歌詞に耳を傾けている、と。
いま、真実味のある歌が求められているのではないでしょうか。表面的な軽い言葉が飛び交う時代だからこそ、本来の言葉が持つ重みを実感しています。

歌詞の題材は自分の心の中にある。心のふたを開けて、自然と出てくる言葉を見つけます。
ヒット曲を作らなければという意識で歌詞を練ると、つい自分の外側から言葉を探してしまい、うまくいかないことが多い。「ひとり寝の子守唄」や「知床旅情」とか、「私のために作っちゃった」という意識で作った歌は消えずに、今の時代にも残ってますね。
よく「言葉は大事」と言いますよね。でも意味だけが大事というわけではない。自分の体からわき上がった、うそや飾りのない言葉かどうか、その姿勢も大切なんです。歌にしろ日常的な会話にしろ、その人が自分の中から真に発したい言葉であれば、相手にも強いインパクトで入っていく。自分がどうして作詞にこだわるかというと、まっとうに自分の言葉で言えているか確かめるためでもあるもんです。

将来に不安を抱いている人は多いかもしれない。でも、将来の保証なんて、私の若いころも、今の時代もない。
どんな時代も変化して崩れる。だけど、未来に向かって飛び出していける情熱を持つことが大事だ、と言いたいですね。
私は今、とても元気。世の中が転機を迎え、未来が未知数であることがはっきり見えているから、何でもできるとわくわくしています。

1/13/2008

「風水の達人」









「風水の達人」といわれている白峰(しらみね)さんのひとりごと

一条 太陽フレアと地球異変(スマトラ大地震での学び)
 スマトラでの大地震は M(マグニチュード)9で、広島に落とされた原子爆弾の二万発分の破壊力があったと言う。
 アメリカの大型ハリケーン、そしてパキスタンの大地震、まるで地球そのものが目覚めたように動き出した。この大変化は今後も続く。その原因の一つが、太陽の活動と深く関係があるようです。すなわち太陽フレアと呼ばれるもの。
 10年前に比較すると、次のような変化がありました。
 
  A 太陽の明るさ1000倍
  B 太陽のエネルギー出力2.3倍
  C 太陽のフレア放射3倍
 これは科学データとして発表されており、紫外線の強さだけではありません。

二条 観光とは光を見る事なり(観光客では世界第35位の観光立国日本)
 日本を観光立国の第一位とまではいかずとも、第五位にする事は充分に可能である。
 それには温泉大国としての環境保全に、国と自治体が協力して温泉事業を行うことでしょう。観光産業振興として、環境庁主管の下で行う事が必要となります。

  一、 まず、日本の浄水所をすべて、最新式の浄化水システムにする。
(塩素消毒もなし、水道管もすべてセラミックパイプにする)
  二、観光地にダムや道路工事規模の援助金を与え、日本100景観光条例を作る。
  三、事業税、所得税の3%を観光予算とする。同じく観光地では消費税0%とする。
  四、会社の福利厚生費として、年間一人60万円の旅行代を観光経費として認める。

四条 人相とは心の表現そして脳相なり(成功者共通の意識の持ち方)
 昔、観相家の大家に「水野南北」という人がいた。自分の運の悪さを人相家に見てもらったら大凶と言われ、食生活を変えたら人相が良くなり、その後「人の運命は食で決まる」という思想を世に残した人である。
 そして顔がおだやかな人は実は脳もしっかりしていると言う。ある財界のパーティーに参加して、いつもふと気付くことがあった。成功者に共通するシグサと品格である。
 成金社長やIT社長、彼らと50年以上の歴史のある会社の社長連中はなにが達うのか? ズバリ人相の品格が違うのである。小泉総理を人相学で見ると良くないが、一国の総理である。人相家で選ぶなら加山雄三氏の方がいいかも(笑)。
 人相よりも、相の奥にある脳の意識のあり方が凡人と違うのである。成功者共通の意識の持ち方はただ一つ。常に命がけである事だ。

五条、女らしさとは(恋愛して、結婚して子供を作り一人前)
 最近よく独身女性が多くなったと聞く。それで少子化も進む。独身貴族が多くなったが、結婚はしなくても子供が欲しいという女性が58%もいる。
 本当は女性の仕事はただ3つだけだ。
  一、結婚して子供を作り、家庭を持ち主人と子供の食と教育などについて良き環境作りをする事。
  二、女性は本来仕事をせず、家庭にいるだけで生活できるべきだ。今は2人で仕事をしても豊かな生活ができず、すなわち政治が悪い。(ゆえに今の政治を変えるのは、女性の仕事である)。
  三、男が会社で仕事する分、ゆとりある時間で教養を身につけて。
  子供を教育でなく徳育を以って育てること。(金と時間を上手に使ってこそ人生)

六条、食は命なり(大和魂と民族の誇りは食事から)
 人相も運も食事で決まると私はいつも話しているが、肉食中心の人と米食中心の人とでは、血液の硬化も精神の状態も違ってくる。日本人は長きに旦り穀物と菜食ゆえおだやかな性格であったが、西洋的に肉を食べるようになってから、病気や精神的にも弱くなったと思う。もし米を主食としなくなったら、この国の魂はどうなるだろう?
 食は命ゆえ、そして米を食してこそ日本人としてのらしさが形成される。
 パンやスパゲティや冷凍食品では、魂の栄養は摂れません。現代の栄養学で言えば、江戸時代の人はまったく栄養不足だった。されど60kg(一俵の米)を持ち上げ、現代人よりも体力も精力もあった。江戸時代にはアスレチッククラブもなかったはず(笑)(抜粋ここまで)。

女と時代が見えない男たち











女と時代が見えない男たち


年より若く見える経営者を見たことがない!“おじん発想”では女性客はつかめないいま、女性が求める男性像

第1部:女心7つの好き
 ここに女性心理の原点がある

①文化が好き
②夜が好き
③変化が好き
④残酷が好き
⑤座るのが好き
⑥防御が好き
⑦不満が好き


第2部:女心33の願望
 なにを望みなにを嫌うのか

PART1 男と女の決定的違い
(1)見栄を張りたい
(2)わがままをいいたい
(3)集まりたい
(4)感性を大事にしたい
(5)興奮したい
(6)別人格になりたい
(7)遊びを大切にしたい
(8)知的がほしい
(9)納得できる理由がほしい
(10)忘れさせてほしい
(11)受け入れる側でありたい


PART2 財布を開くからには
(12)自分が魅力的になれるか
(13)社会的ステータスが表示できるか
(14)未婚に見えるか
(15)本能を満足させられるか
(16)自信をもてるか
(17)意外性があるか
(18)男が寄ってくるか
(19)新しい香りがするか
(20)怠けられるか
(21)安心できるか
(22)幸せになれるか


PART3 女性客としての欲望
(23)時間消費が重要と考えてほしい
(24)トクを与えたもらいたい
(25)待たせない
(26)紙袋のデザインをぜいたくにしてほしい
(27)いいあと味を残してほしい
(28)実利・実用・実益がほしい
(29)ばか丁寧の愚かさ
(30)女でも男ものがほしい
(31)個客型にしてほしい
(32)あいまいな表現は嫌い
(33)売り手の論理はいらない


第3部:商いの真髄18の視点
 社会の変化を読み取る

①ガーデニングの本当の意義
②「単身商品」とはなにか?
③「特化型」商売に専念しよう
④「水化現象」はどこまで伸びるか
⑤「身体商品」時代が必ず来る
⑥不安を煽るより安心を売れ
⑦一日一回の特売戦略
⑧自分で商品をつくりたい女性たち
⑨品数が薄い店には客が来ない
⑩新しい商品は六、七年で消滅!?
⑪四人に一人の成功者はなにをしたか
⑫なぜ不精ひげが重要なのか
⑬あなたの店に商品以外の利点があるか
⑭「アンドロジーナス社会」と商売
⑮上空に視点を向けよう
⑯アナログとデジタルにターゲットを分ける
⑰女は草食動物から肉食動物に変わった
⑱日本語はできるだけ早く捨てる


番外編:女性が期待する20のサービス

①目を見つめるのもサービス
②季節感にあわせるものサービスだ
③周囲に合わせるのもサービスである
④ゆっくりも早口もサービスのうち
⑤女性にはヒロイン願望を満足させる
⑥名前を名乗るサービス
⑦口の説明より図を書くサービス
⑧すばやく共通点を見出すサービス
⑨虚像を見せることも必要なサービスだ
⑩非日常の夢をサービスせよ
⑪音楽をかけるサービス
⑫二度繰り返すサービス
⑬二極分化という重要なサービス
⑭流行に遅れていない安心感サービス
⑮客の予想を上回るサービス
⑯午前中は“声”のサービス
⑰わかりやすい言葉というサービス
⑱文化をサービスにしてもよい
⑲有料サービスも必要になる
⑳知の収集サービス

1/12/2008

外為FX勝者の条件・山口祐介












外為FX勝者の条件・山口祐介



相場の世界には、「出たら仕舞い」「噂で買い、事実で売る」



今上がっている。だから、今買おう。

「相場とは未来を予想するゲームではなく、未来に対応していくゲームである」



損切りの基本となり3つのルール

1、一回の損失を抑える5%ルール

  一回のトレードで総資金の5%の含み損になったら、問答無用でポジションをクローズする

2、一ヶ月間の損失を抑える10%ルール

  一ヶ月間のトレードの合計損失額が総資金の10%に達した段階で、それ以降、月末までトレードをしてはいけない。

3、10分割ルール

  総資金の10%をトレードに注ぎこむ。



トレイリングストップ

トレイリングとは、(Trailing)追跡するという意味で値段を追いかける事を言います。

トレイリングストップは逆指値の応用で「逆指値を置きながら値段を追いかける」戦術です。

この戦術は落玉時においては、損失額の限定や利益額の確保、建玉時においては、流れに乗る順張り戦術にも応用する事が出来ます。

弊社では建玉時と落玉時の両方にトレイリングストップを用いる事により建玉時には流れに乗る事を重視し、落玉時には、損失額を限定しつつ利益額を最大限まで引き伸ばす事を重視しております。







利食いはゆっくり、損切りは素早く。

値動きには順張り、市場心理には逆張り。



利乗せができないトレーダーはナンピンをしてはいけない。

ナンピンとは含み損のときにポジションを増やす行為、利乗せとは含み益のときにポジションを増やす行為。



負けたあとにすぐトレードするな。

負けたあとにポジションを増やしてトレードするな。

含み損のときにナンピンするな。



感情的になるな。

淡々とトレードせよ。

自分で作ったルールを破るな。

言い訳をするな。

含み損のポジションを理論や技術で強引に正当化するな。

事前にトレード計画を立てろ。

ポジションを持っているときも持っていないときも、考えを変えるな。

勝つことを前提にトレードするな。

負けを取り戻すために無謀なトレードをするな。

謙虚であれ。

1/11/2008

ノヴァーリスの言葉









ノヴァーリスの言葉。
人々がすべて死すべき運命を共有していることを悟る時、虚しい諍いは止み、地上に平和が訪れると言う。
自分の限界を知れば傲慢にはなれず、他人もまた自分と同様に限界に悩みつつ生きると知れば、その過ちに対して居丈高になる自分の醜さが見えてくる。
人間の限界を知れること。
それがすべての知恵の根源となる。

柴田翔 12/26/2007 日経夕刊

1/10/2008

関島瑞穂先生









関島瑞穂


人間は悲しくて寂しい。それが本性だと。
明るく前向きなのは、世を忍ぶ仮の姿だと。
明るく前向きな人を見てみなさい。
だいたい鈍そうな顔をしてます。


頭が固いのは体が硬いから


中心感覚研究会


養生訓
わが身の足るを知れば、人間どんな環境にあっても楽しんで生きることができる。


仏教の教えでも「多欲は人の利を求めることが多いがゆえに苦悩も多い」といい、利益ばかりを追い求めて生きる人は満足を知らないから悩み苦しむことが多いのだとする。
こういった人は、他人のことまで考える余裕はなく、他人や社会のために貢献しようなどという気持ちはないから、心はいっそう貧しくなる。
逆に、足ることを知ってる人は心が豊かで穏やかだから、自然と顔や表情も穏やかになり、身体もおのずと健康になる。


便利屋ウェヴ

ブランドはフィーリングを売るもの、おそらくライフスタイル全般を売るものだ。その点では宗教に通ずる。
将来に不安を感じたらブランドに訊け、というわけだ。

1/09/2008

大事なことだけを考える技術












大事なことだけを考える技術


1 自分にとっての大事なものを書きだしてみよう

●自分の大事なものを紙に書き出してみよう
●大事なものの順序は、常に変わっていく
●自分を大事にするため、自分以外の人を大事にしよう
●人間関係を大事にすると、いい仕事ができる
●次につながる仕事をしていますか?
●柔軟に生きよう。そうすれば大事なものを失わない
●大事なものが変わっていくのは、人生に限りがあるから
●長い時間を経て、大事なものはつくられる


2 できないことは、できないままがいい

●物事には完全解答などありえない
●目の前のことを淡々とこなす人ほど「すごい人」だ
●人生のチャンスは地味な形でやってくる
●どんな難しい問題でも、基本をクリアすれば解決できる
●妻も子も愛さずに、妻だけを愛そう
●時には、解決そのものを放棄してしまおう
●できないことは、できないままがいい
●普通の人ほど泥沼にはまりやすい
●進路をはやく決めなくたっていいじゃないか
●総力を結集しても、できないものはできない


3 「正しく質問できれば、正しい答えが見つかる」

●正しく質問できれば、正しい答えが見つかる
●生活のアクセントを変えてみよう。そうすると違う人生が現れる
●マニュアルどおりに考えると、時間が短縮できる
●マニュアルにも人との相性がある
●まず「解答」を決め、書き出してみよう
●私ならどうするか、具体的にいってみよう
●徹底的にやると、やりたい仕事がみえてくる
●必要なものはたくさんのガラクタから生まれる
●自分の能力よりちょっと上をめざそう


4 先が見えないのは当たり前。不安があってもいいのだ。当然なのだ

●「どこからはじめるか?」ではなく、「どこからはじめてもいい」
●先が見えないのは当たり前。不安があってもいい
●どんな稚拙に思えても、まず自分で解決案を考えよう
●書物は、いつでもどこでもマインド・トレーニングに応じてくれる
●自分の選んだ進路が、最高の出発点だ
●トラブルがあるのは当たり前。怒らず、焦らず、驚かず
●「ノー・プロブレム」lこそ、恐ろしい1
●「ノー・プロブレム」lこそ、恐ろしい2
●完全無欠な危機管理などは不可能であり、ムダだ


5 解決をあきらめるのも、一つの解決策だ

●一年分の生活費を貯めたら、自由なことができるようになった
●解決をあきらめるのも、一つの解決法だ
●「何もせずに放っておく」ことが解決のいい手だてになる
●非難されたら、「逃げる。隠れる。無関心を装う」
●いったん矢を飛ばすと、止めることができなくなるから、要注意
●有名シェフの店が長蛇の列なら、小路の地味な店を探してみよう


6 運のいい人についていくと、チャンスがやってくる

●雑事に強い人、雑事だけで終わる人
●いい仕事は自分だけでやらないほうがいい
●調べる力のある友人を持つと、仕事の生産性がグンと上がる
●できることでも手を出さない
●敵には最後の逃げ道をつくってあげよう
●三年やれば、瑣末なことでも面白くなる


7 「大事なこと」かどうかをジャッジできる力を養おう

●一枚の表で労働評価が決まる社会はおかしい
●一時的ではなく、長期的視野で評価しよう
●あなたは、誰の評価を大事にしていますか?
●「仮想敵」をもっていますか?
●すぐれた「先生」をみつけよう
●「先生」は、利害がない書物上の先生のほうがいい
●先生から学ぶと、いつのまにか癖まで似てくる
●大事にしたもの、大事にしなかったものを書きとめておこう
●大事なことだけ考えれば、何でもスピードアップできる

1/08/2008

「あの世、自然の摂理」









「あの世、自然の摂理」

会社にイエスマンばかり残した結果、一種の奴隷根性がとても発達した社員ばかりが残っているというような組織が珍しくない。

人は表向きは書いたモノや理屈で動くように見せるが、最後の決断は「心」が決める。

[あの世]
自分のことは二の次
名前など不要
まとめて考える
区別、差別なし
秘密がない
例外こそ大事
比較しない
感性と良心に従う
本音と建前が一緒
競争は悪、しないほうがよい
自由

[自然の摂理]
単純である
効率的である
調和している
自由である
あけっぱなし
共生している
ストレスはない

[貧しさ]
他人に思いやりが持てないのは貧しさゆえ。
上昇志向が強いのも貧しさゆえ(そういう点では、ハングリー精神がときに限定された領域での、いわゆる成功に必要とされるのはもっともなこと)。
他人と同じことをしたがるのも貧しさゆえ。ここでいう貧しさとは、経済的な貧しさではない。

[大人]
大人になれば、自分で自分の人生を決定することができるが、しくじれば責められるのも自分。自己決定と自己責任、それが大人の掟だ。
「他人が欲しがるものをあなたも欲しがりなさい」と教えてきた日本の教育。

私の嫌いな10の人びと・中島義道








私の嫌いな10の人びと・中島義道

笑顔の絶えない人
常に感謝の気持ちを忘れない人
みんなの喜ぶ顔が見たい人
いつも前向きに生きている人
自分の仕事に「誇り」を持っている人
「けじめ」を大切にする人
喧嘩が起こるとすぐ止めに入る人
物事をはっきり言わない人
「おれ、バカだから」と言う人
「わが人生に悔いない」と思っている人

市場経済にかなう商品を生産し、その利益に見合った対価を得るべきだということ。
作品の芸術的完成度と芸術に対する真摯は姿勢などで金を儲けようなんてノーテンキなことを夢見てはいけません。
世の中は、優れたものを漏れなく認め、それにただちに対価を払うほど甘くはないのです。

書きたければ、いくらでも小説を書いても、油絵を描いてもいいけれど、おびただしい「作品」のほとんどは-自分にとってどれほど大切であろうとも-社会的にはゴミ同様の扱いを受ける、と言いたいだけ。
よくよく考えてみれば、現代日本は無駄なことの集積からなっている。
作家予備軍や画家予備軍が数十万人いてもいいのです。ただ、そのうち社会的に成功するか否かは、それが商品として市場価値があるか否かだけで決まること、そして市場価値がつくきっかけはほぼ偶然だということ、こうしたことにつべこべ難癖をつけるべきではない。これが厭ならやめればいいだけです。

現代日本では、誰もが、「(ルールにのっとって)なるべく得をしなるべく損をしないようにふるまう」という大前提でことが進んでいる。こんな空気の中で、「損をしてもいい」という発想を伝えるのは至難の業です。

「対立を嫌う」ことを至上命令にしている御仁は、与えられた情況-それがいかに理不尽でも-を「変える」ことを嫌う人であって、だから、私のように、ずけずけと他人に向かって命令するような無礼な男を嫌う。としても、「対立」を嫌うのですから、けっして私に向かってこない。ただただ「厭な奴がいるものだ」という不愉快な気持ちが残るだけでしょう。こういう人が、この国でもっとも頻繁に見られる「対立を嫌う人」なのです。

私は、親をはじめ、他人に心配をかけまいと思ったことがない。私のことを心配する人は、勝手に死ぬまで心配しつづければいいのです。それはその人の趣味の問題。私にはまったくかかわりのないことです。
ほとんどの人は、親に心配かけたくないあまり、悪いことはいっさい親に話さず、いいことばかり話して、平然としている。まあ、こういう人の親も、なんか変だなぁとは感づくけれど、それも私に心配かけまいとうの思いからなんだろうと察して、詮索することはない。だから、うまくコミュニケーションは成立しているんですが。

ふたりとも同じ言葉使いながら、それに込められている意味がそれぞれ異なるから。

自己利益を求めないとかなりのことが出来る。

学者や技術者や作家や芸術家などの一芸に秀でた者、あるいは官僚や大企業の重役や大学教授や医者や弁護士など社会的ステイタスが高いとされる職業に就いている人のほとんどは、「私は偉い」と思っています。そう思わないように日々体からその臭みを消していく努力をしなければならないはずなのに、そういう訓練を自分に課している人はほんの一握りであって、みんなごく素朴に威張る。

1/07/2008

ヴィパッサナー瞑想







ヴィパッサナー瞑想


ブッタは、「一生観察する仕事だけは忘れてはならない」と論します。見る、聞く、この観察だけは決して忘れるな、と。

逆説のように聞こえるかもしれませんが、スローモーションに何でもできる人は、結局いちばん早く何でもできる人なのです。なぜならば、一切の無駄が消えるから。

クリーンな頭で、明晰な頭脳で、正しくものを判断し、的確な決断をしていく。そして、鋭い先見性、先読み術で世の中を楽しく生きてください。そのためには、すべてのものには時間と順番があるということ、それを知るためには観察という能力が必要ということ。

ヴィパッサナー瞑想法は、本当に大切なものは何かということを考え直す方法、ものごとを新しい角度から観る方法です私たちは、妄想の中で生きています。その妄想から離れて、世界をありのままに見る必要があります。それをどうやって身につけるかという実践方法がヴィパッサナー瞑想法です。

結局人間にとって唯一の救いの方法は、自分をきちんと観察することです。これが唯一の救いの道、解脱の道です。他の道はないのです。

1/06/2008

色川大吉先生









色川大吉先生 「公」意識できない自分勝手は危ない 8/16/2006

目に余るような人たちはよく・自己チュー・と言われるが、その態度は個人主義とは違う。

なぜならその自分とは、社会や公的な世界と対峙した自立した自己ではない。

自己責任の欠けた自己、容易に全体主義に揺さぶられる危ない存在でもある。




柳田國男さんは敗戦後、こうんなことを書いている。

日本人の事大主義にあるようだ。時々の強い力をもつ、より大きな者になびく。そういう性格を、日本人は封建時代から持ち続けている。

そうした人たちを、どうやったら時代の大勢に対してもノーと言えるような国民にすることができるか、それが戦後の自分の使命である、と。




そのためには一人ひとりが思考力、判断力をつけることが先決と柳田さんは考え、国語教育に力を注いだ。
今こそ思考力を持った自立した個人をつくらなければならない。

1/05/2008

「権力(パワー)に翻弄されないための48の法則」












「権力(パワー)に翻弄されないための48の法則」

法則1 主人より目立ってはならない
法則2 友を信じすぎず、敵をうまく使え
法則3 本当の目的は隠しておけ
法則4 必要以上に多くを語るな
法則5 名声は大いに頼りになる - 生命をかけて名声を守れ
法則6 ぜひとも人の注目を集めよ
法則7 他人を自分のために働かせよ、ただし手柄は決して渡すな
法則8 他人に足を運ばせよ - 必要ならば餌を使え
法則9 言葉ではなく行動によって勝て
法則10 感染を避けよ - 不幸な人間や不運な人間とはつきあうな
法則11 他人を自分に依存させておくすべを覚えよ
法則12 意図的な正直さや寛大さで敵の武装を解け
法則13 他人に助力を求めるときは相手の利益に訴えよ。情けや感謝の念に頼ってはならない
法則14 友を装ってスパイを働け
法則15 敵は完全に叩き潰せ
法則16 姿を見せないようにして周囲の敬意と賞賛を高めよ
法則17 予測不能の雰囲気をかもしだして、相手をつねにおびえさせておけ
法則18 保身のために砦を築くな - 孤立は危険である
法則19 相手の性格を見きわめよ
法則20 誰にも深く肩入れするな
法則21 だまされやすい人間を装って人をだませ - カモよりも自分を愚かに見せよ
法則22 降伏戦術を使って、弱さを力に変えよ
法則23 自分の力を結集せよ
法則24 完璧な廷臣を演じよ
法則25 新しい自分を創造せよ
法則26 自分の手を汚すな
法則27 何かを信じたがる人間の性向を利用して、盲目的な崇拝者をつくれ
法則28 大胆に行動せよ
法則29 終わりにいたるまで計画を立てよ
法則30 努力は人に見せるな
法則31 選択肢を支配せよ - 自分に都合のいいカードを引かせる
法則32 幻想に訴えよ
法則33 人の摘みネジを見つけろ
法則34 自分のやり方で王になれ - 王のように振舞えば、王のように扱ってもらえる
法則35 タイミングをはかる技術を習得せよ
法則36 手に入らないものは相手にするな。無視する事が最大の復習である
法則37 壮大なものを見せて人の目を釘付けにしろ
法則38 考えは自由でも、行動は他人にならえ
法則39 魚をつかまえるために水をかきまわせ
法則40 ただ飯を軽蔑せよ
法則41 偉大な人間の靴に足を入れるな
法則42 羊飼いを攻撃せよ、そうすれば羊は散り散りになる
法則43 相手の頭や心に働きかけよ
法則44 ミラー効果で敵を武装解除させ、あるいは激しく怒らせろ
法則45 変革の必要性を説け、ただし一度に多くを変えるな
法則46 あまり完璧に見せてはならない
法則47 狙ったところを超えて進むな、勝ったら引きどきを心得よ
法則48 かたちあるものなどない

1/04/2008

日本人を幸せにする経済学






『日本人を幸せにする経済学』2004/10

女性はブランド物を買っているのは格式を買っているのです。
完成された評判を買っているわけだから、男から見たら面白くないのです。

森栗茂一さん『夜這いと近代買春』(明石書店刊)

父親はもらうことばかり考えていました。
三高・東大(三高は京都にあった旧制高校)の秀才だから、そういう根性が身についているのです。
逆に母親の実家は田舎の金持ちだから、人の顔をみたら何かあげないといけないと思っている人間です。

霞が関あたりにいる人は父親と一緒だな。一生、もらうこと、褒められることばかり考えている乞食である。

「これだけは世界に負けない」などは田舎者の言うことで、「世界を引っ張る」と言わないといけません。

これからは技術あっての産業ではなく、マーケットあっての産業なのです。

『恋愛と贅沢と資本主義』(講談社学術文庫)

ゾンバルトは、「新しいマーケットを作るのは金持ちである。余裕のできたお金持ちが美しい女性(娼婦)に贈り物をしたいがために何か新しい物を作らせる。そこに新技術や新商品が生まれ、その後を貧乏人がついていく」

「東洋精神で、瞬間に洞察する方法を教えてくれ」と言うし、「日本人には着地点(落としどころ)がすぐ見えるのはなぜか?」と聞いてくる。


お金というのは、持てば持つほど他人を信用できなくなるようで、某消費者金融の社長もそうだったみたいです。
成功してどんどんお金がたまっていくと、誰かがそれを奪い取りにくるのではないかと思ってしまうのでしょう。
お金持ちほどケチですからね。

お金持ちになるとケチになって、結局、みんなに嫌われるのです。
嫌われた人は大邸宅の中に閉じこもっています。

1/03/2008

土井 利忠さん










土井 利忠さん


「米国の大学の礼賛論には全く賛成できません。米国の大学は、教授がベンチャー企業の経営者のようになって研究資金を集めなければならない。カネを集められる教授が研究者をたくさん抱えてどんどんのし上がっていく仕組みです。本来の研究とは関係のない競争が展開されているわけです」


「とにかくすさまじい勢いで競争をさせるので、他の研究者の成果を盗んでしまうという話もよく聞きます。油断もすきもない世界です」


――米国で盛んな産学連携を日本の大学はお手本にしようとしています。
「そうしたモデルを日本に持ち込むことには反対です。大学の本来の使命は、すぐには商売にはならないが、本当に先端的な研究をきちんとやることです。企業から研究資金を得られるのは、企業が考えている少しだけ先のことをやっているにすぎなないからです。大学が企業の出先のようになってしまうのでは世も末だという気がします」


――日本の大学は今のままでいいということですか。
「改善すべき点はあります。研究者としての能力がない人物でも、教授としてやっていける仕組みになっているのは由々しきことです。前時代的な親分子分の関係が残っており、研究に何も貢献していない教授が論文に名前だけ連ねたりする。能力を欠く教授には退場願う。だからといって米国式の競争モデルを無批判に取り入れるのは能がない」


「すでにベンチャーなどの企業活動では米国モデルの問題点が露呈していると考えます。
若くして巨万の富を築く起業家がもてはやされました。私は商売柄そうした人々をたくさんみてきましたが、後で消息を聞くと、うつ病になって苦しんだりしている人が多いのです。」


「自我の発達で、常に戦っていないと安定しないレベルを後期自我といいます。このレベルの人は戦う対象がなくなると燃え尽き症候群のようになるのが特徴です。米国に多いパターンです。日本の社会は、まだ依存心の残っている中期自我の人も多いのですが、逆にもう戦わなくても精神が安定している成熟した自我の比率も高く、全体としては米国の社会より進んでいると考えています。したがって、その遅れている米国のやり方を理想郷のように考えて追随するのはやめにした方がいいと思います」

1/02/2008

動き革命/小森君美











動き革命/小森君美



より大きな力を加えようとすれば、顔は正面に向けていなければなりません。

また身体も顔を向けた反対方向にズレていき、そのためにそれまで行っていた動きとは別の動きになるということも重要なポイントです。

「思い悩むと目線は下がる。空想・夢想のたぐいだと目線は中空をさまよう。現実を客観的にとらえる目はまっすぐに前に向いている。」

一般論として私が良く口にする言葉ですが、これは目線と心の関係です。しかも両目の間、少し下にある花は目が向いた方向を向きやすいもので、これはヒトだけに限らず他の動物にも言えることですが、鼻が向いた方向へ身体が動いていくことは大変多いです。



「蹴らない前進」が速い

地面を蹴る歩きに比べ、身体を直接前方に送り出す「体重移動」の歩きでは、本人が大きな力を使った感覚を持たないのに、はるかに大きなスピードを得ることができます。

おもしろいのは、体重移動の歩きでは、後ろ足が地面から離れる瞬間が早くなるという現象が起きていることです。これは優れた陸上短距離選手が走るとき、後ろ足が地面から早く離れるのと同じです。



ものにとらわれることなく動くことができれば、幼児と同じように「天真爛漫」な動きが出来ることでしょう。天真爛漫な気持ちで動けば、その動きは必ずのびのびとしたものになっていきます。のびのびと動くことは、普段と同じようにしか動いていないのに、想像もしないような威力が伴ってきます。威力など別に追求しているわけではないのに、動いた結果として威力が出てしまうのです。



速く動こうというときに、自分が思っているよりも速く動かされると、身体は自動的にブレーキをかけようとします。それは身体の生理的な限界を超えているからです。自分が希望する以上の動きをやってしまうと、身体が壊れてしまうこともあります。



のびのび動く・・・・「舒展(じょてん)」

手をしっかり握ると、前腕が緊張します。さらに精神的緊張が加わったり、あせりが伴ったりすると肩が上がります。肩が上がるということは、肩関節の可動域が小さくなることを意味します。また肩が上がることによって、僧帽筋という首と肩と背中をつなぐ筋肉に緊張が起こり、上半身各部の動きが制限されることになります。

上半身が緊張すると、上半身と下半身の間での連携がとれなくなります。この状態では、下半身の動きは日常の習慣に基づいてなされているだけで「魂のこもっていない動き」にならざるを得ません。また全身の動きが連携してないわけですから、力んでいるわりには出力の小さな動きになってしまいます。

筋肉の緊張は、「力ずく」で動く人でも同じように起こりますから、力んで動く人にも、上半身と下半身の連携がとれた動きはできないことになります。

逆にのびのびした動きを行えるようになると、小さな力しか出していないように本人は感じていても、全身が協力して動いた結果としての「出力」は大きくなります。結果としていい仕事をしているのに、ひどく疲れたり、筋肉を傷つけたりしないですむようになります。



『整体動作』

整体動作とは、全身が一つの目的のために同時に協力して動く動作のことですが、そのためには全身が同時に動くような身体を持たなければなりません。これはただの柔軟体操やストレッチ体操でできるようなものではなく、高度に発達した「感覚のネットワーク」なしには考えられないものです。

全身が同時に協力して動けば、本人はそれほど意識して力を入れないにもかかわらず、大きな威力を出すことができます。これは大きな仕事を行う仕事を行うことができる「能力」であり、結果を出す上では非常に重要なことです。



「刺激に対する反応」は過不足ないのが一番いいという結果に到達したのですが、なんでもかんでも、大きな筋肉にモノを言わせて力ずくで動いていると、必ず反作用が自分の身体に返ってきて自分の身体を痛めることになります。

「刺激に対する反応」という面では、決して「大は小をかねません」。大きな刺激に対しては大きいなりの、小さな刺激に対しては小さいなりの反応が最も目的にかなうものといえます。



大切なことは目的の達成であって、いかに大きな筋力を使ったかではありません。動きの合理性から言えば「出来るだけ小さな力で目的が達成」できれば、それにこしたことはありません。ただ「小さな力」でということばかりに気を使うと、非常に長い時間がかかって間に合わないことがあるかもしれませんが。

動いた結果目的が達成できていればいいと考えれば、当然動きのほうが力よりも先にくるべきなのです。

だから筋肉の仕事は、必要な動きをするための最低限度の力を発揮することであり、それ以上の仕事をすることは、他のものがやらなければならないはずの仕事を妨害しているだけです。

大切なことは、身体の各部がそれぞれに応じてきちんとやらなければならない仕事をきっちりこなすことであって、こういう動き方のことを「整体動作」と呼ぶのです。



腰を落として、両脚足に不必要な緊張が発生せず、適度な緊張と弛緩が同時に存在するとき、体幹部をどちらに向けるという行為に両脚足が協力してくれます。このときの動きは一見何気ないですが、非常に強い力が発生してます。



ゆっくり動くと言うことは、日ごろなんとなくやっている動きの中に潜んでいる問題点を洗い直す上で大きな効果があります。

一般的に「速い動き」では我々の「感覚」がその速さについていくことができませんから、正確な位置関係や方向、角度などについて詳しい認識を得ることができませんが、ゆっくりした動きの中では、「感覚」が正確に自分自身を把握することができます。従って「速い動き」ではできる誤魔化しも、ゆっくりした動きではできません。

「動きの精度」を上げていく上では、ゆっくり動くということは、重要な練習の一つと言えるでしょう。

この「ゆっくりした動き」が極限までいったものは、外見上、静止して見えます。この状態で自分が普段何気なく行っている動きが持続していれば、「静止しているように見える動き」になります。ここで「動きの感覚」が継続できていれば、それは「活動的な静止状態」と言えます。

中国武術の「たんとうこう」は、まさにこの動きです。」



安定とは全身が完全に自由に動くことが出来る状態でなければならず、不安定というのはどこかの部位が、安定させるための身体の動きに参加できなかった場合に起こる状況だからです。

つまり不安定は身体の中に固定した部分があるから発生しているわけで、よく例にあげられる前に進むという動作にしても、「身体が倒れようとする力を利用して」動くと言いますが、これでは動きの主体が重力になってしまっていて、自分の意志ではありません。自分の動きは自分の「動作目的」を達成するために行うものであり、何かに作用された結果としての動きは、どうしても「あなたまかせ」の部分が出てきます。



ある動きができない人が、「できる人」がその動きを行っているときに肉体の一部を接触させたとしましょう。このときは「できなかった人」がきわめて短時間で「できる」ようになっていきます。

身体運用上の情報は目や耳だけからだけではなく、身体の接触によって伝えることができます。しかもこのときは非常に大量の情報が流れ込んでいるようです。我々の身体にはまだ解明されていない多くの「能力」が眠っていると考えられますが、私はこれを「身体のアクセス」とよんでいます。新しい動きを覚えていく上で極めて有効な方法です。

武術の世界では「技はくらって覚えろ」というのがありますが、まさにその通りです。ただこのとき肌と肌が直に接触していたほうが、より多くの情報が流れるように感じています。うすい布一枚はさんでしまうと、それだけで情報の伝わり方が弱くなっていくようで、スキンシップという情報伝達の方法の有効性を最近になって再認識しています。



人に質問することは、ときに害になる。



「一人練習」「一人稽古」は「自分と向き合う」ことによって「自分自身を理解する」上では、意義が大きい。



型練習は難しいです。優秀な師範の下で、一生懸命、根気強く稽古しなければ、型稽古本来の成果はあげられません。けれども、長年ホンモノの型を練り上げてきた人の動きは、優れたコンビネーション攻撃を一瞬にして無力化してしまう能力を持っています。

本来型を伝える武道・武術には、「コンビネーション」という発想はなく、「一撃必殺」「一発必倒」であったと考えられます。



武道・武術の稽古は、能力を開発していくということ。



マナーを考えると、自分の所属する「階層」の中で、自分の階層に相応しい所作ができなければ、自分の所属する階層にいられないということを意味しています。それは、社会的な「生死」がかかっているわけです。

「相手を思いやる」ということにしても、自分の利益につながることです。我々は一人で生きていくことができませんから、「相手を思いやる」ことによって「自分を思いやってもらう」ことになったのです。



身体重心がブレないということは、効果的な動きを行う上で非常に重要なことです。



つい力が入ってしまいようになるところで、呼吸を「吸気」にしているのですが、「呼気」では力が入りすぎて床を蹴ってしまう動きが、「吸気」に変えることで床を蹴らない動きに変えられます。

床を蹴る動きは、身体重心をブレさせたり、力の無駄使いにつながり、気配を出すことになり、昔に人はずいぶん嫌がったようです。



全身を同時に協力させて動かそう



相手の自然を崩せないようなら、絶対に勝つことはできません。相手が「必然律」を支配してしまうからです。

自分が「必然律」を支配しようと思えば、自分の「必然性」を高めなければなりませんから、目先のことに追われていては無理です。自分にとっての自然を感じ、その自然を、いついかなる状況でも崩さないように動かなければなりません。それが無心で動くということです。



人間が最も人間らしいときに、人間としての「最高」の能力を発揮することができるのです。



無理をすることは不自然とつながります。無理をするということは「理」がないわけですから、成功につながることも少ないのです。無理をしないこと、不自然な動き方をしないことが、「必然」の世界に入っていくためには不可欠な要素といえます。



現代はマニュアルがないと動けない人が増えているそうです。これは長い間、自分の「感覚」を信用して物事に対処してこなかったから、外部からの刺激に対する反応が、その人の中で正確に起こっていないということを意味します。



我々にとって最も大切なことは、トレーニングによって自分の身体を変形させ、それらを獲得しようとすることではありません。まず「自分が持って生まれた能力を、最大限発揮できる心身になろう」ということなのです。



やっていることが正しいのなら、それは武道・武術であれ、スポーツであれ、仕事での動作であれ、日常生活での何気ない動きであれ、全て役立ちます。



「自分が何をするか」という目的意識を持つことは大切ですが、そのために他の事から目をそらしてしまうと、自由な活動ができなくなります。これは生きていく姿勢の「固定」です。目的意識だけに凝り固まると、まったく融通のきかないものになりますが、「精神的な余裕」を持って生きると、「自由な発想」が得やすくなります。余裕が自由な発想を生み、凝り固まった頭からは出てこないモノに発展します。こういう柔軟さを持つことが、生きる姿勢の「安定」です。

あまりに規則正しい生活同様に、自分で自分を縛っていて、それ以外のことができなくなってしまうのですが、何かに「縛られる」ことは、自分で考えなくても生活が送れることを意味していますから、それなりに楽なので、生真面目な人ほどはまりやすい状態と考えることもできます。自分の目的達成のために「安定」した生き方をしたいなら、注意しなければなりません。

旅に出るということは







旅に出るということは生を実感するのと同時に死の観念のような気がしないでもない。

自然は現代人にとっては自己を知る教科書だと思う。

出会いというのは、人間が計算して出会えるもんじゃないです。

出会う時期がきて出会うんですよ。

1/01/2008

さわやかでたのもしい経済社会への道









「さわやかでたのもしい経済社会への道」ナナオサカキ ゲーリー


1、ぎりぎり 必要なものだけを 求めよう
2、工業製品ではなく 手作りを
3、スーパーマーケットではなく 個人商店 または生協に つながろう
4、虚栄と浪費のシンボル―誇大広告を まずボイコットしよう
5、最大の浪費 ミリタリズムに かかわらない
6、生活のすべてに もっと 工夫と創造を
7、新しい 生産と流通のシステムを 試みよう
8、汗と思いを わかち合う よろこびから
9、真の豊かさとは 物と金に 依存しないこと
10、野生への第一歩―よく笑い よく歌い よく遊ぶ

「恐怖体制」
どうやらぼくたちのこの現代社会は恐怖の体制であるらしい。そこでは安心をお金で買い、競争で勝ちとらねばならない。それは椅子取りゲームのようなもの。より多く、より速く、といつも前のめりになって、永遠に得ることのできない安心を追いかけまわす。それがファストな社会に生きる僕辰の姿だ。そんな社会にあって、ぼくたちのスローダウンとは一体どんなことを意味するのだろう。それは恐怖の連鎖から外へ出ること。恐怖の体制から自らをアンプラグすること。恐怖という登りかけた山を下りて、引き返すこと。山の向こう側に安心などありはしないのだから。安心はどこにあるのだろう。よく見れば安心の種はこちら側にいくらだって見出されるのだ。

   ○―×
自信―失敗するはずがないという意識
スピード―拙速
機知―口の悪さ
アンテナを張り巡らす―よさそうなものだけに目を向ける
献身―仕事中毒
制御―柔軟性の欠如
勇気―向こう見ず
我慢強い―変化に逆らう
人を引きつける魅力―人を思いのままに操る力
倹約家―ケチ
一途に取り組む―妄信

オープンシステム―情報は部門間を必要に応じて流れる。隠し事は奨励されない。
報酬は事業単位へ―権限委譲やコラボレーションを推進するマネージャーが評価される。
自主管理―情報と経験は速やかに知識に変換される。知識の取得と共有が自主管理グループの土台となる。
マインドフルな思考スタイル―ローカルな視点とグローバルな視点の両方を常に取り込む。方針決定にあたっては多様性、倫理、美なども考慮する。学習する姿勢が高い評価を受ける。慢心の発生はチェックされ、抑制される。

「人生棚卸」
1、自分の仕事と自己イメージはどんな部分で一致し、どんな部分で一致しないか?
2、熱心に取組んでいることがあるか?また、それについて積極的に学んだり、よい意味での難問にぶつかって緊張感を味わったりしているか?
3、仕事や私生活での人間関係は現在、どのような状況にあるか?
4、どんな秘密を持っているか?
5、深く後悔していることはないか?
6、最も恐れていることは何か?
7、どんな問題行動に苦しんでいるか?その問題行動は、もっと深い問題とつながっているか?
8、人生の目標をどのように変更してきたか?
9、時間にどの程度追われているか?その最大の原因は何か?
10、自分の性格のどの部分を強化する必要があるか?自分のどんな才能を見過ごしているように感じるか?
11、自分は何に貢献しているか?

12/31/2007

最高の報酬










最高の報酬


音楽もビジネスも、クリエイトする際に、自分自身か友人達のために創るべきで、お金儲けを目的としてビジネスしても、そうは問屋がおろさない。ハートから出たものじゃないと、なかなかうまくいかないと思う。一瞬の成功なんて長続きしないものだよ。
◎リチャード・ブランソン(ヴァージン・グループ会長)


映画監督になりたいという人がいるが、その考えは間違っている。何かになりたいというのは、有名になりたい、人から認められたいという気持ちの表れにすぎない。大事なのは、映画を作りたいと心から思うことだ。何かをやりたいという気持ちがあれば、物を作る喜びを感じることができる。
◎ジャン・ピエール・ジュネ(映画監督)


利益を得る事だけを考えるのではなく、世の中を変えることに重点を置かなければいけない。
◎ジェリー・ヤン(Yahoo!共同創業者)


私は、事業のために映画を作ってるのではなく、映画を作るために事業をしている。
◎ウォルト・ディズニー(ディズニー創業者)


仕事が楽しみならば、人生は楽園だ。仕事が義務ならば、人生は地獄だ。
◎ゴーリキー(作家)


成功の秘訣は、職業をレジャーと見なすことだ
◎マーク・トゥエイン(作家)


己の周りに己より賢い人物を集めた男 ここに眠る
◎アンドリュー・カーネギー(鉄鋼王)


想像力は知識よりもっと大切である
◎アルバート・アインシュタイン


人の一生は重き荷を負うて遠き道を行くが如し。急ぐべからず。不自由を常と思えば不足なし。心に望み起こらば、困窮したるときを思い出すべし。堪忍は無事長久の基。怒りは敵と思え。勝つ事ばかり知りて、負くること知らざれば害その身に至る。己を責めても人を責めるな。及ばざるは過ぎたるより勝れり。
◎徳川家康


良き書物を読むことは、過去の最も優れた人達と会話をかわすようなものである
◎デカルト


今こそ大きなチャンスの時である。だがそれを知っている人は実に少ない
◎ヘンリー・フォード(フォード創業者)


社会のために役立ちたいという志を持っている経営者が成功する
◎牛尾治朗(ウシオ電機会長)


誰よりも、三倍、四倍、五倍勉強する者、それが天才だ
◎野口英世(医学者)


多数に追随すれば必ず自分を見失う。孤独を恐れず、したいことを続けるしかない。
◎安藤忠雄(建築家)


前途は遠い。そして暗い。しかし恐れてはならぬ。恐れない者の前に道は開ける。行け。勇んで。小さき者よ
◎有島武郎(作家)


一.身を浅く思い、世を深く思う
一.一生の間欲心思わず
一.我、事において後悔せず
一.善悪に他をねたむ心なし
一.身一つ美食を好まず
一.道においては、死をいとわず思う
一.神仏は貴し、神仏をたのまず
一.常に兵法の道を離れず
◎宮本武蔵(剣豪)

*********************

失敗訓


「芸術家は体育会系」が持論。健康な体に健全な精神が宿る。病んだ心が人を感動させることはない。

12/30/2007

老子と暮らす・加島祥造











老子と暮らす・加島祥造

自分の生き方の基本とする価値には、自分の内側から判断する価値と、世間一般から判断する価値とがある、ということです。

ユーモアは、自由のコーナーストーン、要石だ。

町っ子には、権力への屈従ではなくて、それをせせら笑うようなセンスがあるんです。歌舞伎、川柳、俳句などは、みなそうした庶民の自由な心がどこかに動いている
ものでした。

知足、「足りることによって自分のなかに富を見つけはじめる」という意味だと思うんです。
物質の富から自分の心の富への転換なんです。自分のなかの潜在能力の発見なんです。たんなる物質的な豊かさをさすのではなく、精神の豊かさと深さ、そして何よりも自由を表す言葉です。

若者の体は柔らかいが、心は固い。老人の体は固いが、心は柔らかい。

自足ということ
君はどっちだねー
地位が上がるためには、そして収入や財産を増やすためには、自分の体をこわしたってかまわないかね。
それとも、自分の命を大切にしたいかね。

命を大切にする人は、
地位が低くたって、収入が多くなくたって、あまり気にしないのさ。
自分の生きる楽しさを犠牲にして、名誉や地位を追う者は、じつはいちばん、「何か」をとりそこねている人だ。
ひたすら金銭や物を貯めこむ者は、じうてゃ大損をしているのさ。
いま、自分の持つものだけで満足すれば、平気な顔でいられる。
何かほかを求めず、ひとに期待しなければ、デカい顔でいられる。
「まあ、こんなところで充分だ」と思っている人は、ゆったりとこの世をながめて、
いま持つもので、けっこうエンジョイできる。
そして、社会に自分のものだという気になるのさ。
だってその人は、社会よりデカいものとつながっているからだよ。

野口体操










野口体操

野口語録
1 今まで出来なかった難しいと思われるうごきに向かいあったとき、緊張努力を増すことで、解決しようとする姿勢が多く見られるが、それは大きな間違いである。
2 そのうごきが最もよく出来たとき、最も楽で気持ちがいいというあり方を見つけたい。
3 楽であるということは、決して消極的な概念ではなく、ゆとりある積極的なあり方である。

野口語録
1 一番をきそうのではなく、よりよいもの(こと)を求める。
2 目的とか効果とか価値は、もともと本質的に感覚と同じく主観的なものであり、最後の審判は自分自身による判決である。
3 からだを前に屈げたり後ろに反ったりするには、筋肉の緊張によるという考えを捨てること。基本的には筋肉を緩めて(解緊)することによって、ぶら下がり、そのことによって結果として前に曲がったり、後ろに反ったりという形になる(弛ませ曲線)。
4 目的効果をあえて言わない理由は、目的や効果や予測は、意識化・言語化をしなくても関係のなかから結果として生まれてくるからである。
5 意識は脳のはたらきの一部であることを常に念頭におかなければならない。意識のはたらきを含む脳全体のはたらきで、筋肉に情報を伝えるのかもしれないが、脳以外の神経組織(細胞)すべてがかかわってはたらくのが事実であろうと、私は考えている。

12/29/2007

おそうじ風水術 林秀静










幸せが舞い込む おそうじ風水術 林秀静


(1)安心・安全であること
(2)快適であること
(3)家や町が栄えているかどうか


“ゴミには悪人がつく”という傾向があります。玄関にゴミを溜めたり、散らかし放題にしたりしていると、よからぬ客ばかりが訪れるようになります。あるいは、幸運を運ぶお客様が訪れなくなってしまいます。


嫌いなこと、絶対にしたくないことを、紙に書き出して、それらを捨てましょう。嫌いなことを自分の中からスパッと切り捨てると、かえって大好きで真っ直ぐに取り組めることが見つかりやすくなります。


「娯楽・遊興」の運で経済のバブル期でした。それが一転して、「土地、農業、信用」などを意味する新たな20年間に変わったのです。


最近、めっきり運が悪くなったと感じるあなた、運が悪くなるというのは、今までの自分の考え方ややり方が、時代に合わなくなってきたという証拠でもあります。もっといえば、あなたの頭の中がコチコチに凝り固まっているために、にっちもさっちもいかなくなっていて、「この辺でそろそろ頭の中も、身の回りもいっぺんキレイにする必要があるんだよ」というシグナルが発信されているのです。

12/28/2007

究極の人生論・ひろさちや












究極の人生論・ひろさちや



勇気のない人間は「奴隷」という。



「お母ちゃんはあんなお客さんに頭を下げているのと違うねんで、お金に頭を下げているねんで」



どちらでもいいことは、どちらでもいいんだよ。

ところがそういう時人間は、論理で決めようとする。どちらでもいいことは、論理では決めたれないのにな。

相談するのもダメ。うまく行かなくなったときに、その人を恨んでしまうからだ。



経済的には日本はもう滅んでいる。政治的にはとっくに滅んでいる。そして社会的にも滅んでいる。教育現場は混乱し、犯罪も自殺者も増えている。

言葉を換えれば、これは資本主義の崩壊だ。突出した資本主義国家は、日本とシンガポールぐらいしかない。米国にしても、フランスやイギリスにしても立派な農業国だからだ。

このところ、中国の食料自給率が落ちている。米国から食料を買っているから、中国は米国と戦争できない。食料自給率が低い資本主義国家は、日本とシンガポールくらいなのだ。それで国がもつわけがない。もう日本は、もっと家族を大事にする農業国家に生まれ変わるしか道はない。



宗教のない人間は、私は家畜だと思っている。私が思う宗教とは、「人間としての生き方を教えるもの」、ときには「人間としての生き方を強制的に押し付けるもの」だ。

今の日本人は、ときに「無宗教です」とか、「無心論者です」とか言う。それは、「私は人間としての生き方をしてません」ということを表明していることになる。では、そういう人は何かといえば、エコノミック・アニマルなんだ。持っている物差しはお金、それで畜生的な生き方をしている人たちだ。



葬式というものには三つの役割がある。

一つは死体の処理、もう一つは死んだ人間の魂の処理、最後が遺族の心の処理。

死体の処理は、宗教とは全く関係がない。



キリスト教徒とイスラム教徒は、ちっとも対立などしていない。対立をしているのは、似非キリスト教徒と似非イスラム教徒だ。戦争をしたがるのは、いつだって利権に目がくらんだ金持ちと政治家だ。



多くの日本人には自分のことを語る能力に欠けている。私たちは、どうもそれを磨いてこなかった。私自身も反省を込めて言うことだけど、「自分の気持ちは誰にも分かってもらえない」「女房にわかるはずがない」などと、人はよく言うね。でも違う。自分の気持ちが一番分からないのは、自分自身だ。



友達とはどういう存在か。たとえて言えば、その人間の借金を全部肩代わりしてやれる人間だ。その人間が困っているときは、自分の全財産を投げ打っても救ってあげる人間だ。しかも、相手も同じ気持ちでなければ友達とは言えない。極端に言えば、命だって投げ出すことができる関係が親友関係だ。

そんな友達はそうはいない。だから人間は皆、孤独なんだ。メル友は、友達ではないんだ。日本人はそのところを凄く誤解している。



ジェントルマンシップにおいては、ギャンブルも嗜みなんだそうだ。ただ彼らは負けることを承知で、「オレはこんな負けには動じないぞ」という胆力を養うためにギャンブルをやるという。

誰が言っていたが、「ゆっくり負けるのを楽しみながらギャンブルをやる」んだ。そういう人生は素晴らしい。



『負けを承知で共に戦うのが、あるべき家族の姿』



人の生き方を変えたければ、まず自分が変われ。



いじめは競争社会につきものだということがわかる。だとすれば、競争社会を止めさせない限り、いじめはなくならない。

少なくとも、義務教育の段階では競争をやらせるなと言いたい。だから、何につけ一切点数をつけない。評価しない。

ただし、高校以上は好んで進学するのだから、徹底的に点数をつけて、点数が足りなければ落第させる。温情主義はご法度である。

いずれにせよ、競争社会はいじめを伴うのだから、いじめはあるのだと思って欲しい。



我々の本質は、老いであり、死なのだ。老いつつあるのが人間なのだ。そうだとすれば、より老いた年寄りの義務は、若い者に老いの惨めさをできるだけ示してやることだ。

嘘をついて、本質を見誤らせてはいけない。嘘の情報に翻弄されてしまえば、そのときなって慌てる。

世の中の人や、政府は、年寄りは皆、はつらつ老人でいてほしいと期待を寄せている。そのほうが国は手間がかからないし、お金もかからない。マスコミも、こぞって「はつらつ老人」を特集する。

そんなことに騙されるな。

もっともっと、老いの惨めさを、赤裸々に示さなければいけない。それが年寄りの慈悲というものだ。

老人には、しょぼくれて生きる権利がある。しょぼくれて、ケチョンケチョンになって生きる権利がある。

オシム監督







オシム監督
この監督は選手を自分の色に染めようなどと努めてきたのだろうか。
彼の願いはただひたすら、選手をどこに出しても恥ずかしくないプロのサッカー選手にすることだったのではないか。
監督が誰になろうと、どんなことを要求されようと涼しい顔で生き抜いていける、たくましいサッカー選手に。
(日経:12/21/07)

12/27/2007

ギャンブラーのバイブル









『ギャンブラーのバイブル』を書いたM・C・フィクスによると

① 手持ちより多くの額を賭けるな
② どのギャンブルでも、見境なく手を出すな
③ 賭ける前に、そのゲームを徹底的に勉強しておけ
④ どんな状況でも必ず勝てる道がある。それを冷静に判断せよ
⑤ よい配当が得られそうなときは賭けるな
⑥ ひとつのゲームに集中せよ。特に、もっとも得意なものに
⑦ 見知らぬ者を相手には、決して賭けてはならない
⑧ 全部の賭け金を一度に張るな
⑨ もし損がつづいたら、ただちに休むか、やめること
⑩ 疲れているとき、気分の悪いとき、腹を立てているときは、賭けるな

12/26/2007

知的な大人へのヒント・林望









知的な大人へのヒント・林望

もてなしの心は金では買えない。やたら高い金をかけて特別の食器なんかを買い込んで、それを意気揚々と出す、そういう心がけはもてなしの美しい心から遠いものです。

大きな声を出さないということは、たとえばイギリスなんかでは、紳士の必須の教養の一つです。大声で話すだけで、もうその人間は無教養だと見なされる。だからともかく小声で話すように意識したい。
できるだけ、相手に嫌な感じを与えない。温かい感じを与える。そして、言っていることがはっきりとわかるように話す、ということはインテリジェンスを感じさせる良い話し方の最大の要件です。

人間四十になったら自分の顔に責任を持たないといけないといいますが、本当にそのとおりだと思います。たとえば、必死に勉強している受験生を見ると、いかにも勉強で磨いた顔をしている、という感じが見えることがあります。
顔というのは内面の窓、その人の人間性の看板のようなもので、内なるものが如実に顔に出ます。

叡智はただでは得られません。身銭を切ってこそ内奥にしみ込ませることができる。その対価を払わなければ、本当の情報を身につけることはできないと、このことだけはよくよく肝に銘じてください。

インテリらしい話し方ってのは、「自慢話」はだめなんです。その反対に行きたい。自分を戯画化しておのれを低くして話す、それが、まずもってインテリらしい話し方の基本です。

人間の心の修養というものは「どうやって自己宣伝をしないように自分を抑制するか」ということじゃないか、とこの頃つくづく思うことがあります。
インテリらしく、ということからすると、まさにここが人間関係の最代の留意点で、自己を抑制できるのがインテリジェンスです。そう思って、誰もがその点に注意して人と接したら、ずいぶん生きやすい社会ができるような気がします。
自己宣伝というのうは、実は「自信」ということと裏腹の関係にあります。「空き樽良く鳴る」と福沢諭吉の諭していますが、自己宣伝というのは、ある意味で未熟な自己を悟られまいとする防衛反応のようなもんであります。

12/25/2007

俳優は?





俳優は心を扱う仕事、観客の気持ちを動かすには自分の心が元気でないとだめなんだ。

12/24/2007

人生はサッカー?










人生はサッカー?

この世の九九パーセントの人にとっては、人生はサッカーみたいなものですよ。
ほとんど毎日が忍耐でしかない。忍耐で耐えて耐えて、日常を営々と繰り返す中に、一生に一度、シュートのチャンスがあるかないかぐらい。ほとんどいつも抑制されて、ずっと忍耐を強いられて。でもたまにはそういうチャンスがある。
そういう中でも、ドリブルを楽しめたり、一人、二人パスを抜いてみたりという喜びがあって、そういう演出を自分なりにして、あるいは人に仕掛けたりして、そういう能動的な動き方、それがたぶん人生の生活を楽しむいちばんの基本形だと思うんです。人生を楽しめる人というのはそういう人でしょうね。


人は、自分で感じたり、老いたり、習慣をやめるようになってしまうと、他人がどう言おうと、自分が好きなら好き、と主張できなくなってしまいます。しだいに大勢の中の一人として
しか振る舞えなくなってしまうのです。
そうすると大人数を相手にした数値のようなものに縛られはじめます。「この曲が好き」ではなくて、「この曲は売り上げベストテンに入っているから好き」になってしまうのです。
ある種の数値化されるようなものに縛られていると、人はだんだん生き方まで支配されることになってしまいます。物事の順番、上下関係、経済効率だとか、そういうものに自分の生き方や価値観を絞り込んでしまったような人は、数値にしばられ、自分の生きる時間を浪費するようになる。そして、だんだん楽しみに気づけなくなってしまうんです。


「人と同じ」ことではなく、「人と違う」ことに価値観を見出すということが、初めて「健全なる個人主義」なんです。
でも、人と違うことに価値がある、という伝統が残念ながら日本には少なすぎる。
今の時代の若者は「個人主義」のように見えるけれど、じつはそうじゃないんです。個性的なファッションろいいながら、みんな個性的なつもりで同じファッションを身につけている。
僕らの頃はみんなと同じことをするというのは何か恥ずかしいという、気概、ちっちゃなプライドみたいなものはみんな持っていたけれど、今は、特に若者は「みんなと同じことをやらないと駄目」みたいでしょ。
これはむしろ全体主義の始まりです。
みんながやっていることも、もしかしたらみんな、楽しくないかもしれない。
でも、みんながやっているから、やっているだけでね。
みんながやっているだけで楽しいぞ、というノリになっているだけなら、こんなつまらないことない。



そうじゃなくて、勉強も教えるけれども「勉強ができなくたって、人生はこんなに楽しく送れるよ」ということを学校でも教えてもいいんじゃないかと思うんです。昔は家や地域がちゃんと教えていたのですが、今、親にそれを教える能力がないのなら、そういうことを学校で教えること、少なくともゆとり教育の中で教える、ということがすごく大事なのではないでしょうか。大きな言い方をすると、これが現在のアメリカが持っている最大の強みなんです。娯楽でも、世界的な特許でも、何でもいろんな分野で世界一流クラスの人材をそろえられる。


日本は中途ハンパなんです。というよりも、世界一を目指さない。せいぜい目指すのは日本一。どの分野でもいいから世界一を目指せ、と言われたら、みんなもっとギラギラしてきます。韓国や中国のように。韓国や中国はもう日本を追い越せなんてセコイことは思わないです。追いついたと思っているから。だから彼らは世界を目指します。香港に行ったって、上海に行ったって、ソウルに行ったって、みんなギラギラしてる。をのギラギラが大事なのですよ。

こころ・と・からだ/五木寛之














こころ・と・からだ/五木寛之
本に書かれている事や、人の言う事、社会の常識となっていることを鵜呑みに信じて、自分が今感じている本音を歪めてはならない。僕は、自分の直感に従ってそう思います。

その時に両親が全身全霊で自分たちの愛情を息子さんに伝えた。つまり、精神的な<熱伝導>をしたわけです。息子さんは論理に屈したわけではなく、すべてを投げ打って彼を理解しようとした、その両親の熱に考えを変えたのではないでしょうか。

人間はできるだけたくさん笑い、できるだけたくさん涙を流し、ときには目いっぱい怒る必要がある。そういう喜怒哀楽の感情を深く味わって、自分のなかの<熱を高めることが、結局はその人がいきいきと健康に生きていく上で、大事なことではないかという気がするのです。

以前、作家で探検家のCWニコル氏と話した事があります。そのときに、彼が言ってたのは、極地探検のようなときに最後まで頑張れるのは、”礼儀正しい人"だということでした。
ニコル氏によれば、体育会系の一見バンカラで、物凄く強そうな人が、脱落していったりする。逆に、そんな極地のサバイバル生活のなかでも、きちんとヒゲを剃ったり、身だしなみを忘れない人のほうが、最後まで粘ったというのです。

「あきらめる」というのは、実は「あきらかに究める」ことだと言われてます。物事を明らかにし、その本質を究めること。勇気を持って真実を見つめ、それを認めることが、本当の「あきらめる」ということであるらしい。

強くあるだけが生きていく術ではないと、僕は思います。静かな強さ、優しい心を持つことは、それ以上に大切なことです。永遠の勝利を信じるなかからではなく、いつかは死によって敗れる者としての「あきらめ」のなかから、もう一度再生する人間。

自分を守るということは、いわば自立した人間の第一歩です。自分を守れない人間が他人を守ることなどできません。子供の頃から管理され、守られることに慣れた人間は、いつまでたっても一人前の大人になれないんじゃないかと思います。

ひとつは、薬によって簡単に頭痛がなおせるとするならば、結果的に人間にとってそれは悪い結果をもたらすであろう、ということです。もうひとつ、現在最もありふれた頭痛であるところの筋収縮性頭痛に悩まされている人たちは、実は欲望に踊らされ、欲望を掻き立てる社会の中で平安を失い、押しつぶされそうになっている人たちだ、ということです。

老人力:赤瀬川源平










クリスマスとか、あまり関係ありませんから、このような日の繁華街には近寄りません。
と言うことで、

老人力:赤瀬川源平

古いが故の快さ、人間で言うとボケ味、つまりダメだけど、ダメな味わいというのの出るところが老人力だ。そこのところ、アメリカ人には絶対にわからないだろう。
日本でも成金の人たちが意識的にそういう風で、ちょっとでも古くなるとすぐ嫌う。古くなって擦り減ったのは即貧乏と考える。成金には一山当てないとなかなか成れるものだが、でも成金に憧れる人は多く、日本人一般がそうである。古いのを貧乏と考える点でアメリカ文化だ。特に戦後の特徴。

12/23/2007

若いということ???







若いということ

若いことに価値がある、というのは危うい考え方であり、貧しい考え方だ、という気がしてならない。

年を取ると、若いときの張りとか艶とか、そういうものは失われていく。
しかし、年輪を重ねていくことで、それを補ってあまりあるものが生まれてくる、あるいはそれよりもはるかに魅力的なものが生まれてくる可能性があるわけです。

そのあたりは、大人の責任でもあるでしょう。
ほかならぬ大人たちが、一方的に若さにこだわり、若さが失われていくのを不安に思っているわけですから。

12/22/2007

怒る技術・中島義道








怒る技術・中島義道


1、すぐに怒りを表出すること。
2、以前の怒りを根にもつことが少ないこと。
3、怒りははげしく、しかしただちに収まること。
4、怒りの表出が言葉中心であること。
5、個人的に怒ること。
6、演技的な怒りであること。

人性はよくしたもので、長く生きてきますと、いろいろ痛めつけられますので、だんだん肩の力を抜いていかざるをえない。ごまかしがきかなくなり、多くの人が「つっぱる」のをやめます。同時に、若いころの悩みがなつかしくなる。けなげで美しくさえ思えてくる。

怒らない人の中にも、鍛錬に鍛錬を重ねて怒らない人もいる。だがどう考えても、怒ると損だからという計算だけで怒らない人が圧倒的に多いのではないか。つまり、ただ怒る勇気がないゆえに怒らない人がおびただしくいるということです。総じて現代日本を風靡している柔和な人々は、しらずしらずのうちに、怒らないほうが得だと計算している。

こういう人種(コメンテーター)は、何年生きれば、人間という複雑怪奇な存在者の生態がわかるようになるのでしょうか。一筋縄ではいかないところが人間なのであり、世の中には、右向けと言われれば右を向き、左を向けと言われれば左を向く、家畜のような善人だけが住んでいるのではないのです。

あのコメンテーターたち(そして彼らを支える膨大な数の善良な市民たち)は正しいことを冷静に注意したら、みんなヘヘーっと従うとでも思っているのでしょうか、思っていいるのですねぇ。いままで何を見て生きてきたのだか。「人間をもっとよく見ろ!」と一喝したくなります。

私にとって最重要なことは、お互いに正確に相手の意思を確認しあうことです。この国の大部分の人が、相手に対する怒りを内に秘めて、表面的な平和を保とうとする、その傾向が猛烈に強いからこそ、もう少し風通しをよくしたのです。そのためには「そっとして」おかず、「わざわざ波風を立てる」必要があります。

世の中を見渡しますと、大部分の人間たち(特に立派な市民たち)の営みは他人から「よく思われたい」という壮絶な闘争です。だれもが、実際よりちょっとでも悪く思われたり、ちょっとでも実際より低く評価されると、実を震わせて嘆き苦しみ、相手をひたすら憎み通すのです。

すなわち、私は自分が他人にどう見えるかに関しても「よく思われたい」ゲームから降りてしまったのでですから、何を言われてもあまりショックではない。

年を取ってから女性にモテる条件











年を取ってから女性にモテる条件

「知性」にあふれている
「ウィット」「ユーモア」のセンスがある
おこずかいに余裕がある
誰にも負けないスポーツをひとつできる

「ノンキ節」






「ノンキ節」

お酒も飲みませんし、煙草も吸いません。

勝負ごとは全然致しません。

女にゃ近寄りませんし、食事も控えめで、それで百まで生きた馬鹿がいた。

12/21/2007

船井幸雄





船井幸雄

自主・自己責任で、常に悠々と堂々と生きる

1.たえずリラックス
2.自他同然、差別しない
3.ええカッコしない
4.こだわらない(気にしない、執着しない)
5.すべてを大事に(愛、至誠で)
6.ムダをせずに(質素に、節約して)
(儀式・形式・偶像・修行などムダなことをなるべくやらないで)

以下は絶対にしない方がよい

1.裁く
2.脅し、いじめ、責め、心配させる
3.強制する、制約を加える
4.いばる、自慢する
5.批判したり、悪口をいう、欠点をいう
6.マイナス発想したり、させる

コメ作り社会のヒト作り革命/漆山治











コメ作り社会のヒト作り革命/漆山治

対立すれば生産性が落ちる=日本型ビジネス

重大な欠陥ー形骸化しやすい、互いに既得権益を守り合う、前例重視で革新性に乏しい、スピード感がない、対立を恐れるあまり発展性まで阻害されてしまう。

「モーレツ集団」から「知的集団」への変換

人材評価の基準とは、企業のためにどれだけ利益をあげたかではありません。
どれだけ顧客の信用をかち得たか、どれだけ顧客を満足させることができたかが物差しです。

日本式経営は、アメリカの工学的な経営組織理論に対し、コメ作りに由来する自然発生的で、情緒的・家族主義的な組織論でもあります。
人間は機械ではありません。経営には、この感情というデリケートな動機を入れなければ成功しません。

チームワークで仕事してたところへ、能力主義・成果主義を導入し、無理に個人差をつけると、同僚との優劣を気にするようになって、チームワークは崩れてしまう。

管理職を改革すれば、弱体化している企業は八分通り生き返ります。
ゴマすり派よりもアグレッシブ(野心的)な人材を管理職に重用することに経営者が気付けば、日本は再び世界の先頭を走る事が可能です。

競争に勝てる組織作りとは、つまるところ責任の所在をはっきりさせ、意思決定が迅速にできるようにすることです。

12/20/2007

日本国民に告ぐ・小室直樹







日本国民に告ぐ・小室直樹

日本は義務教育において、最も重要なことを教えていない。
それは、日本とは何か、日本人とは何か。つまり、日本人として誇りを持たせるための教育である。
戦後日本の教育は、それらをすべて悪とされ、おざなりにされた。
学校教育で教えるべきは、自国への忠誠と敬愛である。

アノミー(anoumie)とは何か。
「無規範」と訳されることもあるが、それよりも広く”無連帯”である。
生活水準が上昇すれば、それまでの付き合ってた人たちとの連帯が断たれる。
他方、上流社会の仲間入りを果たすのも容易でない。成り上がり者と烙印を押され、なかなか付き合ってくれない。
かくして、どこにも所属せず、無連帯となる。
連帯を失ったことで、狂的となり、ついには自殺する。

戦後教育は何だ。人間を作るのではなく、条件反射するネズミを作ることを目的としているのではないか。
学校は、鋳型にはまった人間を次から次へと生み出す鋳物工場と化してるではないか。
”金太郎飴”の子供たち。本当に可哀相だ。

評論家西部ススム氏が、かつて左翼運動家として「安保条約に反対した時、実は安保条約など全然読んでいなかった。」と告白しているが、このことが何を意味しているか。
暴れること自体が目的で、反対する理由など、どうでもよかったということだ。
無差別大暴れ。
目的は大暴れだ。
「安保反対闘争」には、何の理由もなかった。
同様に、大学紛争も何の目的も掲げなかった。

雑感










雑感

憲法にしろ自治にしろ、皆で決めたことを拠りどころにして目の前の問題を考えいくという習慣を、日本人はあまりやってきていない。
古市公威名のセリフを借りて言いますと、「自分が怠けると日本が遅れる」

茂木健一郎「脳」整理法










茂木健一郎「脳」整理法

「生活知」と「世界知」の関係を考える上で、たいへん重要な問題になってくるのが、私たちが生きていく中で避けることの出来ない不確実性です。

創造性は他者とコミュニケーションする能力と大いに関係します。

脳は、外界からの情報の入力がなければ、うまく働くことができません。

確実に不幸になる方法はたくさんありますが、確実に幸運になることの出来る方法などありません。

「行動」「気づき」「受容」が、「偶然を必然にする」セレンディピティを高めるために必要なのです。

自分の脳をオープンにしておいて、いつでも生きるうえで必要な何かが入ってくるように、スペースを空けておく必要があります。

どんなに動かし難いように思われる概念でも、その主語を「私」に置き換えることで、生身の「この私」が抱えているのと同じだけのフレキシブルなダイナミクスをそこに投射することができる。

世界をお互いに動かし難い個物の集合に分裂させてしまうのではなく、お互いに操作によって変換可能なものの集合に置き換えていくこと、そして、そこに生き生きとしたダイナミクスを立ち上げることこそが、科学的な精神の最良な部分なのです。

感情というものが自律的なものであることに着目すると、「根拠のない自信」をもつことが、偶有的な世界と渡り合うために、案外大切であることがわかります。

成功するかどうか分からない、不確実な状況に直面した時に、不安な気持ちを乗り越えてチャレンジし、それが成功するといった体験が一度でもあると、「不確実な状況下でチャレンジする」という脳のルートが強化され、そのような行動が苦労しなくても無意識のうちにとれるようになります。

12/19/2007

プロデューサー像










芸術と採算の両方を理解する優秀なプロデューサー


お金の量が幸せの量ではない。


独自性にこだわり大衆性も忘れない。

12/18/2007

悪の名言









悪の名言


正気であることは、生きていく上でさしたる利点にならない。錯乱することは、生きている上で、たいした欠点ではない。

孤独は、なるほど当事者にとって厳しくつらい経験をもたらしはする。しかし、他者の集団や社会にとっては、何よりもまず危険なものと映る。孤独には、集団の秩序、社会の制度の根幹に敵対する性質が潜在していると思われるからだろう。

利害で結びついた人間たちは、感情によって引き離される。感情によって結びつけられた人間たちは、利害で別れる。

嘘をつくなら、少なくとも不作法にならぬようにしなければならない。相手に屈辱を感じさせないことこそを、嘘をいうか、本当のことをいうかの選択に優先させる必要がある。相手に屈辱を与えるような真実をいうくらいなら、それを避ける嘘をいう方が、はるかに賢明であるだろう、喧嘩を売る場合を除けば。

永生を望む者は、永遠に続く老いを経験するつもりらしい。永遠に若さを保ちたいと欲する者は、永久にバカであり続けることになるのに気づかないほど、あらかじめバカだ。

気ままに生きたいなら、多くのことを、いや、そうすること以外のすべてを諦めることだ。きっぱりとした生き方は、いずれにせよ、容易ではない。

12/17/2007

「こうすれば100歳まで生きられる!」











「こうすれば100歳まで生きられる!」

長寿学の世界的権威が教える「長生き10か条」

1、毒もうまく使えば15年寿命を延ばせる。
  「毒」はエックス線、アルコール、日光を指している。
2、精神状態を安定させる。
  幸福な結婚生活と家庭は長寿にとって極めて大切。
  結婚している男性は7年、女性は2年、していない男女より長生きする。
3、長生きする環境、とくに沖縄等温暖な地域。
  沖縄の100歳以上の人々は、人口の10万人に対し336人にものぼる。
4、長からず、短からずの睡眠、ワインやチョコレートも長生きの要因。
5、頭をたえず使う。
6、病気になる前に予防する。
7、「食物はクスリである」と言う考えをもつ。
8、楽しいこと、趣味に没頭する。
9、新しい方法、様式、技術を忌避しないで積極的に取り入れる。
10、常に「笑い」を忘れない。

12/16/2007

カルトになれ! 顧客を信者にする7つのルール






カルトになれ! 顧客を信者にする7つのルール


【顧客を信者にする7つのルール】
第一のルール 人は他人と違っていたい!
第二のルール 「大胆さ」と「強い意思」を持て!
第三のルール 「ライフスタイル」を売れ!
第四のルール 「伝道師」を生み出せ!
第五のルール クラブを生み出せ!
第六のルール 顧客を選ぶな!
第七のルール ノスタルジアを売れ!ライバルからパワーを引き出せ!


結局のところ、他人と違うことは誰にでもできる。
しかし、「実現できそうにないこと」を試し続けるだけの度胸は、決断力と勇気を持ち合わせている人にしかできない。


●世間の評価を絶えず疑っているか?
あなたの会社のブランドに対する世間の評価を、絶えず疑ってかかろう。大胆になろう。
勇気を持とう。異端児になろう。社会通念は、大勢へ同調することを支えているのに過ぎない。
一方のカルト・ブランドは、大勢に同調しないことのシンボルとして、輝きを見せている。
社会が受け入れないものを受け入れてみよう。

●直感に自信を持っているか?
あなたの会社のブランドを、社会通念の束縛から解き放とう。背負うリスクが大きければ、その分だけ報われるものだ。最近のあなたは、現状に疑問を呈しているだろうか。それとも、一も二もなく、過激なアイデアを払いのけているのだろうか。自分の直感に自信を持とう。


私たちがカルト・ブランドのオーナーに驚きを覚えるのは、まさにそのようなときである。
彼らは失敗を恐れない。失敗を犯したときには、その失敗を受け入れる代わりに、体勢を立て直してから再び既成概念の枠を超えるのだ。彼らは実際に、「困難は人を鍛える」ということわざを肝に命じている。もちろん。彼らの行動は正しい。実際に途方もないほどの成功を収めるためには、どんな機会でも失敗した気になることかもしれない。カルト・ブランドがしているのは、まさにこれなのだ。
極端な行動に出て、良くも悪くもないような普通のブランドから脱却しよう。あなたの会社のブランドでも、失敗を恐れずに思い切った行動に出よう。あなたも失敗から生き残れるのだ。


●顧客に「楽しみ」を与えているか?
「幸福の希求」とは、人間誰しも追い掛けるものである。それは、あなたの顧客になりそうな人々にも当てはまる。世間が望んでいるのは、幸せな気分にしてくれるような商品やサービスである。ところで、あなたの会社のブランドは楽しいか。世間を笑いの渦に巻き込んでいるか。そして、あなたをも幸せにしているのか。いずれの答えも、あなたにしか分からない。


「ヴァンズ・ワープド・ツアー」


「アップルは完全に、自社を解放的なポップ・カルチャーと結び付けてしまいました。アップルのテーマは、権威や画一性に対する抵抗だったのです。そして現実には、自己実現と自己強化に焦点を当てていたのです」


自分の会社のブランドと顧客になりそうな人々を、今まで以上に頻繁に付き合えるようにするのに、あなたは何ができるのだろうか。あなたが売り込もうとしているライフスタイルを支えるような活動には、ほかにどんなものがあるのだろうか。


●伝道師を持っているか?
熱心な顧客を、決して無視してはならない。熱狂的なファンは、決して時間を無駄に過ごしてはいない。
あなたも「伝道師」も、お互い欠かせないことを思い出そう。伝道師はあなたを勇気付ける。あなたにリスクを取らせたり、ブランドをさらに良くしたりするのだ。「伝道師」と呼べるようなファンを持とう。


●過激な伝道師を探せ!
あなたの顧客を見つめてみよう。あなたの会社には、ファンクラブやニュースレターを作ることに興味を持ちそうなほど過激な「伝道師」のグループが既に実在するだろうか。たぶんそうだろう。この種のグループこそ、あなたの会社からの支援や指導がもう少し必要なのだろう。「伝道師」を見付け出して、話をしよう。


●顧客向けに情報を配信しろ!
もう一度お尋ねしたい。あなたの会社には、顧客向けの新聞・雑誌やメーリング・リストが既にあるだろうか。
なかったとしたら、どうしてなのか。早速始めよう。ファンとの関係を築く方法には、他にどんなものがあるだろうか。
ファンクラブを結成する機会を見逃してはいけない。

●キャンペーンを考えろ!
あなたの会社が、本気で顧客を大事にしようと、賞品や賞金付きの懸賞を最後に実施したのはいつだろうか。
「心の奥にある欲求を満たしたい」という夢は、誰にでもある。あなたの顧客の夢は何か。顧客の夢を実現できそうなキャンペーン企画を考え出そう。そして、「伝道師」のメーリング・リストを作る方法を見付けよう。


しかしどの企業でも、顧客を本当に大切にしていることを、彼らに示すことは可能である。
つまり、規模に関係なく、常連客を定期的に集めるだけの安上がりな方法が見つけられるのだ。


●愛情を示したことがあるか?
あなたの会社でも、顧客に対する愛情を示そう。そして、その愛情を広めよう。ファンのためのイベントを主催しよう。
あなたの会社でそうすることができないのはなぜか。何を待っているのだろうか。大したお金をかけなくても、ファンのためのイベントを実施することは可能である。どんな企業にも、年に一回は「お客様感謝デー」を設けることはできる。


●顧客を幅広く受け入れろ!
あなたの会社のブランド戦略で、顧客の選別や先見の明がないマーケティングを、極限まで追い求めてはいけない。
顧客を細かく分けたうえで、「完全なる顧客」のイメージを打ち出すことは、役に立つように見えるかも知れない。
しかし実際には、顧客ロイヤルティーの維持にはほとんど役に立たない。洗練されたカルト・ブランドは、顧客を幅広く受け入れるものである。

「どんなカルト・ブランドでも、信じられないほど開けっぴろげである。また、カルト・ブランドのメーカーは、どんなお客さんでも受け入れるものだ」


●開けっぴろげでいこう!
カルト・ブランドのメーカーは、信じられないほど開けっぴろげで、どんな顧客も受け入れている。
実際には、カルト・ブランドの辞書に、「排他性」や「ターゲッティング」といった言葉はない。カルト・ブランドの大半のメーカーで、顧客の年齢層が八歳から八十歳にわたることに、あなたは驚きを感じるだろうか。驚かないようにしよう。カルト・ブランドは、時間や年齢に関係のない感情を満たしているのだ。


人間は自由のために戦うのだ。自由のチャンスのためだけに命を落とそうとする人々も多い。
「国家か市場のいずれかを独裁する政権の下で生きたい」と思う人など誰もいない。本当に一人もいないのだ。


●ライバルはいるか?
人間としての私たちには、「競争やチャンスに乗じて一番になりたい」という欲求がある。私たちの大多数は、スポーツ、人生、ビジネスでライバルを持つことを楽しんでいる。ライバルがいれば、私たちは前に進める。今よりも熱心に働いたり、「一番になりたい」という欲求をさらに心の奥深くにまで行き渡らせたりすることにもなる。あなたのブランドのライバルは何か。