7/13/2007

貧乏は正しい! ぼくらの最終戦争


橋本 治さんは正しい。だから、彼の著作は全てチェックすべし。

貧乏は正しい! ぼくらの最終戦争 by 橋本 治


「自分が現在いる状況は、自分が本来いるべき状況じゃない」です。

「自分はいたくないところにいる。だから自分は反抗する」

「自分のいたい本来の状況はこんなもんじゃない!」という若者の反抗は、もう無意味なのです。

今や必要なのは、「反抗」ではありません。その逆の「建設」です。

「本来の自分がいたい状況はこんな状況じゃない」――それはもう分かっています。
それで文句を言っていたってしょうがないのです。「本来の自分がいたい状況」はどこもなくて、それがほしいのだったら、現在の状況を少しでも「あるべき状況」に近づけるという「建設」だけが必要なのです。

「人間はいつ自分の人生がチャラになってもいいような覚悟をして生きていかなければならない」

「いつ自分の人生がチャラになってもいいような覚悟をしろ」

「いつ死んでもいいような覚悟をして生きる」

無関係な他人に向かって、“自分の悲劇”を興奮して大泣きしながら訴えるような人は、今の日本にほとんどいない。

人間が、自分の上に悲劇が襲いかかって来た時、なぜ我を忘れて泣くのかというと、それは、「この悲劇は自分の上だけに降りかかって来たものだ」と思うからだ。
「自分だけの特別」を訴えて、人間は泣き叫んで、“自分だけの悲劇”を訴えた。

追い詰められて「自分は正しい!」だけを叫びたい人間。
現実に対して冷静に目を向けるだけの力がなくて、ただ「自分は正しい!」とばかり叫びたがっている、世間知らずで脆弱な、〝きみ自身〟なのだ。

ジム・キャリーの特性は、「頭がよくて破壊的で、お笑いで、しかも、“黙ってりゃハンサム”」

第一に、“黙ってりゃいい男”というのが、日本ではあんまりお笑いをやらない。
それよりもなによりも、日本の場合、“黙ってりゃいい男”というのに、“お笑いをやれるだけの頭のいい男”がいない。

現在の日本のお笑いは、〝知性の場〟

「無意味な進学競争で自分の人生を犠牲にされたやつらの仕掛ける復讐」

「世の中に受け入れられない自分というものの欲求不満を前提にする」

今や世間に、その過剰を拒否出来るだけのリアリティーがなくなってしまった。

孤独で、誰にも相手にされないから、それで、「特別な人間になって、俺を無視した人間達を見返してやろう」という発想

“貧乏に関する経験不足”だと思った方がいいだろう。
はっきり言っておくけれども、これからの日本には“貧乏になって行く”という可能性しかないのだ。

年寄りは年寄りだけで勝手に合意を作り、若者もまた若者だけで勝手な合意を作り、両者はほとんどまじわらない。
若者と社会が、根本のところで食い違って、対立してしまうのは、そのためだ。

女の方が孤独に敏感で、孤独に慣れていて、男というものが、“自分の孤独”にピンとこない生き物だからだ。

人間が困った状態に陥るのは、その人間が“困った状態に対処する方法”を知らないからだ。

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