9/09/2007

たかのしれた社会



たかのしれた社会


(タオ・老子【原著】加島祥造【訳】著より)

ぼくらは人にほめられたりけなされたりして、
それを気にして、びくびく生きている。

自分が人にどう見られるか、
いつも気になっている。

しかしね、
そういう自分というのは、本当の自分じゃなくて、
社会とかかわっている自分なんだ。

一方、道(タオ)につながる本当の自分があるんだ。

そういう自分にもどれば、
人にあざけられたって、笑われたって、
ふふんという顔ができるようになるんだ。

社会から蹴落とされるのは怖いかもしれないが、
社会のほうだって、いずれ変わってゆくんだ。

大きな道(タオ)をちょっとでも感じていれば、
くよくよしなくなるんだ。

たかの知れた自分だけど、同時に、
たかのしれた社会なんだ。

もっともっと大きな「ライフ」というもの
それにつながる「自分」こそ、大切なんだ。

そこにつながる「自分」を愛するようになれば、
世間からちょっとばかりパンチをくらったって平気さ。

愛するものが、他にいっぱい見つかるさ。

世間では値打ちなんかなくっても、
別の値打ちのあるものが、いくらでも見えてくるんだ。

金なんかんで買わないで済むもんがね。



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