3/19/2008

デザインを考えるための言葉










デザインを考えるための言葉
from DESIGN IT! w/LOVE hiroki

せっかくなので、僕が読んだデザイン関連の本から、僕が気になった言葉をいくつかピックアップしておきます。


すなわち設計や、コンセプトの立案、あるいは「ものづくり」全体の枠づくりのことであり、身近な言葉では「ディレクション」ないしは「プロデュース」と同義と言っていい。
(伝統の逆襲―日本の技が世界ブランドになる日/奥山清行)


デザイナーとしてわれわれは、あるいはデザイン過程のデザイナーとしてわれわれは、デザイン創造の過程に何が含まれ、また創造活動が行われている間にどんなことが起こっているかということについて、かつてないほど明瞭に理解しなければならなくなった
(システムの科学/ハーバート・A・サイモン)


今日なお多くのデザイナーが、見た目ばかりを気にして設計し、美しいものだけを作ろうと腐心している。彼らは、完成品の感触が悪かったり、重すぎたり、軽すぎたりしても気にしない。触った感触が冷たくないか、解剖学的に優れたフォルムだろうか、ということには関心がないのである。
(モノからモノが生まれる/ブルーノ・ムナーリ)


日常生活を送るために繰り返されるさまざまな基本的動作を観察し、研究することで、人と向き合ったデザインを生み出すことができるでしょう。
(普通のデザイン―日常に宿る美のかたち/内田繁)


デザインは、製品にかたちを与えることだと思われている。しかしそれだけではない。それがかたちを成すための要因をしっかり見せることも、デザインの仕事である。
(デザインの輪郭/深澤直人)


織部はこれまで述べたように「織部十作」を設けて、みずからはグランドデザイナーとして総合的な立場から情報提供、助言指導をした。また産業振興策としては生産効率の高い「連房式登り窯」の導入、異業種交流ともいえる染め(辻が花染の流行を敏感にとらえて)とやきものとの意匠デザインの交流、キリスト教の布教をつうじて入ってくる外国文化を大胆に取り入れる結果、おりからの経済繁栄と平和を謳歌する社会風潮を追い風に、異国情緒あるいはバサラ風の意匠が好まれて、桃山時代のやきものと呼ばれるほどに抽象かつオブジェ化してゆく、その先頭にたってリーダーシップを発揮したのが古田織部である
(千利休より古田織部へ/久野治)


面白いのは行為そのものではなくて、その行為にいたる経過だ。本当に重要なのは完成そのものではなく、完成することだ。かくして、人間は一気に自然と直面することになった。人生に新たな意味が生まれて指針となった。茶は、単なる詩的な遊び事にとどまらず、自己実現の手立てとなった。
(新訳・茶の本―ビギナーズ日本の思想/岡倉天心著、大久保喬樹訳)


もちろん企業からの依頼ならば、その企業の利益になるようには、当然デザインします。でもそれによって最終的に自分たちの生活文化のアップデートにならなければ、本当のデザインにはならないのではないか。だから自分の好きなものをつくるのは趣味として休日に地下室でやれ、と言いたい(笑)。
(なぜデザインなのか。/原研哉、阿部雅世)


デザインにおける成功と失敗とは縄のように絡み合っている。欠陥に焦点を合わせれば成功に達しうるであろうが、成功した先例にあまりに多くを頼りすぎると失敗に導かれることになりうる。
(失敗学―デザイン工学のパラドクス/ヘンリ・ペトロスキ)

つまり、本当のイノベーションは買い物という行為自体をデザインしなおすことなのだ。
(発想する会社! ― 世界最高のデザイン・ファームIDEOに学ぶイノベーションの技法/トム・ケリー)

0 件のコメント: