8/09/2007

「狂い」のすすめ



「狂い」のすすめ・ひろさちや

「まともな意見」=常識。赤提灯で得々として語っているサラリーマン親父の「意見」なんてものは、商業新聞や週刊誌に書いてあることと同じです。いわゆる体制護持的な思想、それを弱者は自分の「意見」だと思っている。思わされているのです。世間の奴隷、常識の奴隷になっているのです。

「風狂」とは、風雅に徹すること一休禅師は「風狂の禅者」でした。狂った時代にあって狂った生き方を選んだ一休は、だから自由人であったのです。世間が押し付けてくる道徳なんかに囚われることなく、自由ののびのびと、そしてあっけらかんと生きています。

日本の企業の管理者に奴隷根性の持ち主が多いから、自分が奴隷であるから、社員までも奴隷にしたいのです。そして、奴隷になっている社員がまじめでいい社員と評価されるのです。日本はそういう狂った社会です。狂った社会に忠誠を誓えば、その人は奴隷になってしまう。だから、狂った社会にあっては、こちらが狂う以外に自由人になることはできません。
「ただ狂え!」の『閑吟集』の言葉、あれが自由への呼びかけなんです。

目的意識があると、われわれはその目的を達成することだけに囚われてしまい、毎日の生活を灰色にすることになります。失敗したっていいのです。出世できなくてもいいのです。下積み生活でもいい。それでも楽しく生きることができるのです。

本当の「人生の危機」は、あなたが世間から「生き甲斐」を押し付けられたときなんです。まさにそのとき、あなたは奴隷になったのであり、自由人としてのあなたは死んでしまったのです。それが、それこそが、本当の意味での「危機」だったのです。

-カタツムリが旅に出て、ナメクジになって帰ってくる-わたしたちは常識や既成概念、世間の物差しを持っています。そういう殻を背負ったカタツムリです。旅をするのは、そうした殻を捨てるため。殻を捨ててナメクジになって帰ってくる。そうした気持ちでする旅こそ、最高の旅なんです。

人生を目的地主義で生きると、60年、70年の生涯が、たった4ヶ月と6日になってしまいます。人生に目的を設定してはいけません。意味を持たせてはいけません。生き甲斐なんてないのです。

明日できる仕事を今日するな。他人ができる仕事を自分がするな。
ともかく、ゆったりしましょう。家康のように重荷を背負ってあくせくする必要はありません。重荷は他人に背負わせるとよい。そういう気持ちを持つことが大事です。

家族制度は封建的だという理由で、家の解体をやってもけたのです。その結果、見事な「核家族」になりました。こんな国は、アメリカの中下層と中国、それにイスラエルだけです。その他の国では、家族制度はしっかり残ってます。

-正しいことは言わないでおこう-
正しいことというのは、わざわざあなたが相手に言ってあげなくても、相手がよく知っていることです。言う必要はありません。

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